睡眠には体や脳を休める効果があります。肉体の疲労回復、メンタルヘルスのケアに重要ということです。ということは、もし質の良い睡眠がとれなければ、健康にさまざまな面で悪影響があることは想像に難くないですね。本稿では眠っている環境がうるさい場合の悪影響についてとりあげます。今回のポイントは、本記事を執筆したメディカルライターであるテマ自身が難聴である点です。たとえ騒音が耳で聞こえなくても影響があることが示唆されているのです。
マンハッタンの大通りに面したベッドルーム付きのアパートに住むと決めたとき、騒音については気になりませんでした。自分の難聴がプラスに働いてくれる願ってもない条件だと思ったからです。音で目を覚ましてしまうことがなければ誰だって問題はないと思うでしょう?
実はそうではないのです。騒音で目が覚めたり、睡眠が損なわれることが健康に良くないのは勿論ですが、WHO(世界保健機関)によれば、騒音公害において世界的に最も重大な健康上の危険は、睡眠中に意識していない騒音の影響によるものです。例え目が覚めなくても睡眠に影響を与える可能性があるのです。
後に知ったことですが、難聴そのものが睡眠障害と関連しているかもしれず、それが私たちの健康に影響する可能性もあります。しかし、夜間の騒音が難聴を持つ人に具体的にどのような影響を与えるかについては、まだ科学的な調査は進んでいません。オーディオロジストでワシントン大学医学部 (セントルイス校) の教授でもあるナンシー・タイ=マレー (Nancy Tye-Murray) 博士は「より多くの研究が必要なニッチな領域なのです」 と述べています。
騒音が睡眠や健康をどれだけ妨げるのか
慢性的な睡眠障害 (または睡眠不足) は、肥満、糖尿病、高血圧と関連しています。夜間の交通騒音にさらされた人は心臓の病気にかかりやすく、睡眠薬を服用する傾向がありますが、睡眠の質を完全に回復させることはできません。
睡眠中は2種類の浅い睡眠 (ステージ1と2) 、深い徐波睡眠 (ステージ3) 、急速眼球運動 (REM:レム) 睡眠 (ステージ4) を繰り返します。ステージ3では筋肉が弛緩し、脈拍と呼吸が遅くなります。この段階は免疫系にとって不可欠です。夢を見るステージ4の睡眠は、記憶、学習、創造性にとって重要となります。
騒音はステージ1の睡眠を長くし、ステージ3とステージ4の両方の睡眠を減少させるようです。また、アドレナリンやコルチゾールなどのホルモンといった体内の警告シグナルを発生させることもあります。たとえ目が覚めなくても心拍数や血圧が上昇することがあります。つまり、休息中は体があなたのことを守ってくれているのです。
夜に危険を察知する力は、私たちの祖先にとっては間違いなく有益でした。しかし、野生動物に囲まれたサバンナ近くの洞窟で寝ているのでなければ、そういった能力は無用の長物に過ぎません。ある研究によれば、病院の機器 (約40デシベルの音) が、健康な成人ボランティアの睡眠時の脳活動における脳波 (EEG) 測定で、計測可能な影響を与えたことが判りました。このような機器により、成人では夜間の約半分を占めるステージ2において、ほぼ常時(警告を示唆するような)多くの活動が誘発されていました。
難聴の場合はどうか? 睡眠障害のリスクは低くなるのか?
残念ながらそうとは言えません。既出の研究を評価した2019年の 「スコーピング・レビュー」 では、難聴は不眠症やその他の睡眠障害と関連があると結論づけています。夜間の騒音がどのように関係してくるかはまだわかっていません。ノッティンガム大学で難聴を研究している研究著者のネイサン・クラーク(Nathan Clarke)氏は、「進化の観点からは、難聴を持つ人の脳が、夜間の危険な騒音を処理するために一層の労力を要すると仮定することは的外れではありません。ただし、その根拠を示すデータはごく僅かです。」と語ります。
耳鳴りが状況を悪化させてしまうこともあります。産業騒音にさらされたイスラエル人300名近くを対象にした研究によれば、耳鳴りのある人の多くが睡眠障害を患っており、年齢や騒音にさらされていた期間にかかわらず、難聴だけが不眠症と関連していたことが示されています。
別の研究では、耳鳴りと難聴の両方がある人は、補聴器装用後に睡眠の改善が見られたものの、難聴だけの人にはこれが当てはまらなかったことが判りました。
7, 000人近くの日本人ボランティアを対象にしたある研究によると、難聴の人はその障害との関連性は明らかではないものの、8時間以上睡眠をとる傾向があるそうです。これを知って安心しました。私はたくさん睡眠をとる必要があることが判ったわけです!
騒音に敏感な人、聴覚過敏の場合では?
騒音が睡眠に影響を与えるかどうかを調べることは理にかなっていますが、それを支持する科学的データはほとんど存在しません、 とクラーク氏は説明します。
いびきをかかなくても睡眠時無呼吸症候群の検査を受けましょう
目覚めがすっきりしないことが多い場合は、睡眠時無呼吸症候群 (呼吸障害) の検査を受けることをお勧めします。睡眠時無呼吸症候群の人は、寝ている間に呼吸が苦しくなり、意識せずに 「小さな覚醒」 を経験します。睡眠時無呼吸症候群は難聴の一因となることがあります。ある大規模な研究により、睡眠時無呼吸症候群のために休憩が中断される回数が多いほど、聞こえが悪化するという直接的な関係性が示されています。これはいびきをかかなくても高音障害と低音障害の両方の難聴に当てはまります。またある小規模な研究では、いびきをかく人のベッドパートナーは、騒音性難聴のリスクが高まることが示されました。
「ノイズマシン」の効果は?
やってみる価値はあります。最近の研究では、ホワイトノイズは若年層の睡眠の手助けとはならないことが明らかになったものの、別の研究では、ホワイトノイズが入院患者の睡眠を助け、その3分の1の不眠症患者に役立ったと結論づけられました。
ファンの唸り音、ラジエーターやエアコンの音などはホワイトノイズです。雑音成分をより多く感じるピンクノイズを好まれる人もいるかもしれません。落ち葉、雨、風、心臓の鼓動といった音がピンクノイズです。ある研究では、ピンクノイズは高齢者の深い眠りを増やし、記憶力を劇的に改善したことが明らかとなりました。
耳栓、ヘッドホン、その他
この他、音を遮断して快適に眠れるよう特別に設計された耳栓、イヤホン、またはヘッドフォンを装着する人もいます。耳の保護具についてはこちらの記事をご覧ください。
■本記事について
本記事は米国Healthy Hearingにて掲載された記事を、一般的な情報提供を目的として意訳、また日本国内の事情に沿うように加筆再編成したものです。本記事のコピーライトはhealthyhearing.com及びheatlhyhearing.jpに帰属します。本記事内に掲載された名称は、それぞれ各社の商標または登録商標です。また、出典や参照元の情報に関する著作権は、healthy hearingが指定する執筆者または提供者に帰属します
■英語版記事はこちらから
米国「HealthyHearing」2021年4月19日の記事「Nighttime noise can affect your health—even if you're asleep」(心理学と健康が領域のジャーナリスト Temma Ehrenfeld寄稿)
https://www.healthyhearing.com/report/53197-A-hidden-hearing-loss-danger-nighttime-noise
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記事投稿者
ヘルシーヒアリング編集局
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記事監修者
田中 智英巳
デマント・ジャパン株式会社 アドバンスト・オーディオロジー・センター・センター長、ハワイ大学マノア校 Adjunct assistant professor, 静岡県立総合病院 客員研究員、ASHA認定オーディオロジスト、ハワイ州オーディオロジスト。■詳しいプロフィールを見る■