「最近耳が遠くなってきた」と感じていながら、病院に行くのを先延ばしにしていませんか? 聞こえにくさや耳鳴りなど、聞こえの違和感を感じたら、病院で受診するサインかもしれません。難聴のメカニズムや有効な対策を、慶應義塾大学病院耳鼻咽喉科教授の小川郁先生に伺いました。
小川郁(おがわ・かおる)先生
慶應義塾大学医学部耳鼻咽喉科 教授
難聴の種類で治療の可能性は変わる
——なぜ難聴になるのでしょうか? 聞こえのメカニズムを教えてください。
小川 人間は耳で音を捉え、その情報を脳で処理することで、さまざまな音を聞きわけ、言葉を理解しています。ところが病気やケガで耳や脳に問題が生じると、音が聞こえにくくなり、聞き間違いなども多くなってくる。この状態が難聴です。聞こえのどのプロセスに問題があるかによって、難聴は「伝音難聴」と「感音難聴」、その二種類が混ざった「混合性難聴」に分けられます。伝音難聴とは、音を伝える外耳から中耳のいずれかに障害が生じ、音が伝わりづらくなっている状態です。例えば耳あかが詰まっていたり、鼓膜が破れたりして音が聴きにくい場合は伝音難聴に分類されます。感音難聴は、音を感じとる内耳や脳の聴覚系の神経中枢に問題が生じている状態のことです。加齢に伴って耳が遠くなっていたり、騒音の激しい職場で耳の防御をしていなかったために難聴になった場合は感音難聴と考えられます。
——難聴にもさまざまな種類があるのですね。治療は可能なのでしょうか。
小川 難聴という症状が出る要因はいくつか考えられます。原因となる病気の種類や、その病気が急性か慢性かによって、治療の可能性は変わってきます。伝音難聴の多くは外科手術などで治療が可能です。例えば滲出性中耳炎なら滲出液を取り除けばよいし、慢性中耳炎で鼓膜に穴が開いている場合は鼓膜を形成する手術が、耳小骨が固まる耳硬化症の場合は耳小骨を交換する手術が考えられます。このような手術や処置によって難聴が改善する場合もあります。一方、感音難聴は急性期であれば早期治療である程度まで回復を見込めるものの、完治は難しいのが現状です。急性感音難聴の一つである突発性難聴の場合、早期にホルモン治療を施しても治癒率は30〜40%程度に留まります。そして、慢性の感音難聴は現時点では治療のすべがありません。例えば加齢性難聴は音を感じとるセンサーである内耳の有毛細胞の劣化によって起こりますが、有毛細胞は再生できないのです。こうした場合は、補聴器や人工内耳による聞こえのサポートが有効です。
聞こえは感情を動かす力を持っている
——聞こえにくい状態を放置すると、どのような影響が考えられますか。
小川 コミュニケーションの問題は大きいですね。私たちは会話で相手の言葉に耳を傾けます。そこで言葉の意味を理解しようとするとき、脳には必ず「楽しい」「嬉しい」「悲しい」といった感情が湧き上がっています。聞こえの裏側には言葉があり、言葉を通じて感情を動かす力を持っているのです。また、こうした聞こえの処理を瞬時に行うため、脳は非常に複雑な働きをしています。補聴器や人工内耳を活用して会話によるコミュニケーションを続けていくことは、脳に刺激を与える良いトレーニングになっているということです。逆に聞こえにくさを放置していると、会話への参加が億劫になったりと社会的に孤立しやすくなります。その状態を放置すると認知機能が低下したり、うつが進むなどのリスクが高まります。
——補聴器や人工内耳は使えばすぐに効果が出るのですか。
小川 補聴器や人工内耳はメガネと違って、つけたらすぐに明瞭に聞こえるわけではありません。聞こえに慣れるには一定期間、リハビリをしていく必要があります。補聴器の場合は、1日に少なくとも8時間、できれば日中の半分以上は装着して習慣付けをしていくといいですね。家族と積極的に会話したり、雑誌や新聞を音読するなどして自分の声を自分で聞いてみるのもお勧めです。大勢での会話で言葉の理解度が十分ではないようなら、まずは対面の会話から始めてみましょう。加齢性難聴の場合「まだ自分は大丈夫」と考えて放置してしまい、悪化してから病院に来る方が結構いらっしゃいます。しかし他の病気やケガと同じように、リハビリは早めに始めた方が効果も上がりやすい。聞こえに違和感を覚えたら早めに受診していただければと思います。
聞こえのかかりつけ医を見つけよう
——病院選びのポイントや、受診の際に心がけておくことなどはありますか。
小川 特別な準備はいりませんよ。聞こえにくさで困りごとが生じているなら、お近くの耳鼻咽喉科(日本耳鼻咽喉科学会のサイトへ)で気軽に相談してください。病院では聴力検査などを行ったうえで、暮らしにどんな困りごとがあるのかなどを伺い、補聴器や人工内耳などの対策について考えていきます。補聴器は一度購入すれば終わりではなく、その後も定期的な聴力検査や調整が必要になりますので、病院選びでは通いやすさも考慮しておくといいでしょう。何かあったらすぐに相談できる「聞こえのかかりつけ医」を持っておくと安心です。補聴器の相談もしたい場合は、耳鼻咽喉科学会のHPに掲載されている補聴器相談医の名簿が参考になります。まずは近所の耳鼻咽喉科を受診して聴力チェックをしてもらい、補聴器相談医を紹介してもらう方法もあります。
——病院で補聴器の相談にものっていただけるのでしょうか。
小川 もちろんです。仕事で頻繁に会議に参加する人と、家族との会話ができれば満足という人では、必要な機能は当然異なります。補聴器相談医はこうした一人ひとりの生活シーンや困りごとを伺ったうえで、最適な補聴器を一緒に考えます。また、補聴器相談医に補聴器適合に関する診療情報提供書を書いてもらって補聴器販売店(専門店・取扱店検索へ)に行ってみるのもいいでしょう。そこで補聴器を購入すれば、医療費控除を受けられます。また購入前には補聴器の試聴をして、聞こえ心地を試してみることも大事です。違和感があるなら、別の機種を試したり、再調整してもらうなどの対応を取れます。
——補聴器を購入する上でも、専門家とのコミュニケーションが大事なんですね。
小川 そうですね。まずは補聴器相談医の先生とよく相談をして、補聴器の調整技術やサポート体制がしっかりとした補聴器販売店を紹介してもらうことをお勧めします。専門家とコミュニケーションを重ねながら「自分のための補聴器」を作っていけるといいですね。繰り返しになりますが、早ければ早いほど、補聴器に慣れやすく装用による効果も期待できます。脳への伝達経路として聴覚情報と視覚情報、それぞれくらべながら考えてみるとわかりやすいのですが聴覚情報は、耳から脳に伝わった音情報が聴覚中枢に達するまでに6本の神経を乗り継ぐのに対して、視覚情報の乗り継ぎは1回に留まります。それだけ聞こえの神経回路は複雑ということです。そのためにも、聞こえ難さへの対処を早めに行うことが大事です。人生100年時代を迎え、老後を健やかに生きていくことは重要なテーマになっています。聞こえにくさを改善して会話が楽しくなることがいかに重要か――自分ごととして想像してみると、病院に足を運びやすくなると思いますよ。
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記事投稿者
ヘルシーヒアリング編集局
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