ピアノの「ラ」のキーを弾けば、ラの音の高さが出るのは当たり前のことですね。しかし、これが当たり前になったのは歴史的には最近のことで、同じ曲を演奏しても地域や時期によって音程が違うという時代の方がずっと長かったのです。音程は時間あたりの振動の回数=ヘルツと定められるまでにに至った、音楽の歴史について見ていきましょう。
楽器演奏に使われる音階は人類の歴史とともに試行錯誤され現在の形になっています。
複数の音を鳴らした時に、この音とこの音が重なると気持ちいい、この音では気持ち悪い、ということで和音や不協和音というものが誕生し、さらに音程を高くしていくと和音とは違った感じに重なって聞こえるということからオクターブという考え方に至りました。
この音階という考え方を数学的に定義したのが、紀元前6世紀の哲学者ピタゴラスだと言われています。
現在使われているドレミという七音音階に到るまで様々な取り組みがありましたが、七音音階が決まった後も様々な問題が発生しています。
現在、ピッチ(音程)は電気的に計測されたヘルツ(Hz)という数値で固定されています。これは空気が1秒間にどれだけ振動するかという数値で、1秒に1回の振動で1Hzとなります。
しかし、かつてはそのような計測器も無かったために、地域によって独自のピッチで演奏され、人によっては午前と午後で違うピッチで演奏するようなこともありました。
これは単独の楽器で演奏する場合は問題ないのですが、オーケストラなどでは大問題となります。それらの問題も、様々な地域が交流することからすり合わせられて統一していくこととなりましたが、こちらの方が正しいと主張する派閥などもあり完全な統一をすることは難しかったみたいです。
17世紀頃イタリアのバロック音楽の時代、ピッチはコーアトーンとカンマートーンという2つの派閥に別れていました。コーアトーンの方が少し低めのピッチだったと言われていますが、18世紀、バッハのいたドイツではコーアトーンの方が高くなっていたともされています。
これは機械的にピッチを固定する方法がなかったために時代によって変化してしまうからです。
この二種類のピッチの差は微妙なものなのですが、実はどちらも現在使われているピッチより半音ほど低かったようです。たった300年ほどの間に楽譜の音程は半音上がっているのです。
その理由の最大のものが教会での賛美歌が関わっていると言われています。
教会で賛美歌を歌う場合、パイプオルガンの音を基準として歌うことからピッチが決まるのですが、「パイプオルガンで低い音を鳴らすためには長いパイプが必要になる」ということから、材料を節約したパイプオルガンは全体的に音が高くなっていました。
さらに出来上がったパイプオルガンの調律をする時、パイプを長くすることは出来ないので短く削る方向で作業が進められ、その結果、次第に音が高くなっていったということらしいのです。
現在、バロック時代の音程の研究も進んでおり、当時のピッチを再現して演奏する試みなども行われていますが、それら演奏を音楽大学の生徒に聴かせると絶対音感を持つ人も多いことから「楽譜と演奏がズレていて気持ち悪い」などの意見が出るそうです。
しかしそう考えると、バッハなど当時の音楽家が想定していた音と、現在は違う音を聞いているという事になるのかも知れません。
実は、現在のように「オーケストラの基音となる”ラ”のピッチは1秒間に440回振動する音(440Hz)である」と決まったのは、1939年のロンドン国際会議という、たった82年前のことです。
-
記事投稿者
杉村 喜光(知泉)
雑学ライターとして、三省堂『異名・ニックネーム辞典』、ポプラ社『モノのなまえ事典』など著作多数。それ以外に様々な分野で活動。静岡のラジオで10年雑学を語りテレビ出演もあるが、ドラマ『ショムニ』主題歌の作詞なども手がける。現在は『源氏物語』の完訳漫画を手がけている。
2022年6月15日に最新巻『まだまだあった!! アレにもコレにも! モノのなまえ事典/ポプラ社』が発刊。