「いい国(1192)作ろう鎌倉幕府」のフレーズが有名な鎌倉時代。今では「いい箱(1185)作ろう鎌倉幕府」に変わりましたが、現在大河ドラマやアニメなどで盛んに取り上げられています。平安末期の雅楽、源平の合戦をはじめとする歴史など、この周辺の時代の興味深いたくさんの側面が現代の多くの人々を惹きつけています。本稿では『平家物語』と音のお話を取り上げます。
現在、NHKの大河ドラマで『鎌倉殿の13人』という、平家の貴族文化から源氏の武家社会に移り変わる時代の物語が放送され、さらにアニメ『平家物語』が放送されるなど、鎌倉時代がクローズアップされています。
『平家物語』などでも盛んに雅楽が演奏されるのですが、現代人の耳にはあまりにもゆっくり過ぎて退屈に感じてしまいます。雅楽はもともとインドや中国など大陸から入って来た音楽文化ですが、実はそのルーツとなる楽曲はそれほどゆっくりしたものではなく、もっとポップなものが多いのです。それが日本に入って来て以降、次第に楽曲がスローになり現在のような形になったみたいです。
これは平安時代後期辺りに音楽の演奏と仏教思想が強く結びつき、その結果「管弦楽の演奏は功徳に繋がる」という考え、そして演奏そのものが成仏するためのものという、つまりお経を読むことと同じ意味があると僧侶や公家の間で語られるようになっていったのです。 念入りにゆっくり演奏することで極楽浄土に近づけると考え、それが現在の異常な程ゆったりした雅楽に変化したのです。
楽器の演奏が成仏のための祈りという意味で、『平家物語』『源平盛衰記』などでは死期を悟った貴族たちが陣の中で自らの成仏のための演奏をし、敵陣もその演奏を聴いて攻め入ることをせずに祈っています。
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『平家物語』と音に関する話題では、このような雑学が語られる事があります。
「源平合戦の時代、甲冑の軍勢が一斉に動いた時に兜がぶつかり合う音がビンビンと聞こえたことから、それを”びびる音”と言いました。そして源平合戦の富士川の戦いで平家軍が河原にいた水鳥が一斉に飛び立つ音を源氏軍が攻め込んだと勘違いして逃げ出したことから、びびる音はビックリした時の感情、尻込みした状態を表す語になった」という雑学ですが、これは完全に間違いなので信用しないでください。
”ビビる”という言葉はずっと後、江戸時代に登場した言葉で「心が動くこと、はにかむ、気後れして縮こまる」という意味で使われていたとされており、江戸中期に書かれた方言辞典『物類称呼(ぶつるいしょうこ)』では「しぐむということを江戸にてはにかむと云、またびびるともいふ」と解説されています。
それが何故か1995年に出版された雑学本で突然「源平合戦の時に」と前述の間違った雑学が書かれ、それがあっという間に他の雑学本に引用され広まってしまいました。
これに関して調査していくと、どうやら誤読による勘違いから誕生したガセ雑学のようです。
1988年に慶応義塾大学教授・井口樹生氏の著書『知っているようで知らない日本語』の中に源平合戦について触れた文章が出て来ます。そこでは有名な水鳥が一斉に飛び立ち平家が逃げ出したエピソードを紹介しつつ「今風にいえば”びびって”逃げ出した」と書いているのです。
つまり教授が若者に解りやすいように「びびって逃げた」と書いたことを誤読し、なぜか兜の触れ合う音に繋げて捏造したガセ雑学が誕生してしまったのです。
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ちなみに鎌倉時代はそこから江戸時代まで数百年続く武士中心の社会の始まり。この時代に日本人の中に当然のように刷り込まれたものも多くあります。
例えばチームを二つに分けた時に紅白で色分けするのは、源平合戦で源氏が白旗、平氏が赤旗を掲げていた事に由来するものです。実は世界的に見ると赤と青で色分けするのが一般的で、源平合戦の前までは日本も赤青でした。平安時代中期に書かれた『源氏物語』の「絵合」の帖でも、赤と青のチームに分かれて闘っています。
Manyo Gagaku Performance Festival by Josep Panadero (CC BY-SA 4.0)
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記事投稿者
杉村 喜光(知泉)
雑学ライターとして、三省堂『異名・ニックネーム辞典』、ポプラ社『モノのなまえ事典』など著作多数。それ以外に様々な分野で活動。静岡のラジオで10年雑学を語りテレビ出演もあるが、ドラマ『ショムニ』主題歌の作詞なども手がける。現在は『源氏物語』の完訳漫画を手がけている。
2022年6月15日に最新巻『まだまだあった!! アレにもコレにも! モノのなまえ事典/ポプラ社』が発刊。