杉村喜光(知泉)さんによるコラム「音の雑学」がリニューアルしてさらに面白くなりました。音がテーマのコラム「音の雑学」は2019年以来2年余りにわたりご好評いただいてきておりますが、今回のリニューアルにより音以外の五感(視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚)や様々なトピックもとりあげることとなり、一層のバラエティに富んだ内容をお送りいたします。今回は味と香りがテーマです。感覚は相互に作用し、ときに古い記憶を呼び覚ますなど、意外な働きや作用があります。今後のコラムの五感に広がる意外な驚きにもご期待ください。
コロナ感染の後遺症として味や匂いを感じなくなったという声が多く報告されています。
生活の中で食というのは単に栄養を得るという物だけで無く、もっとも身近で重要な楽しみの一つです。それを失ってしまうことはかなり辛いものだと思います。
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交通事故などの後遺症で味覚や嗅覚を感じにくくなってしまうこともあるそうですが、一時的な場合が多く徐々に回復していくそうです。
盲目のシンガーとして有名なスティーヴィー・ワンダーさんは1973年、23歳の時に交通事故に遭い味覚と嗅覚を一切感じなくなってしまったこともあったそうですが、その後のリハビリでほぼ回復しています。子供の頃に視覚を失い、さらに味覚・嗅覚も失ってしまう恐怖は普通の人には想像も及ばない世界だと思います。
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味というのは舌の表面にあるザラザラした味蕾(みらい)という箇所で感知して、その情報が大脳にある味覚中枢に伝えられるものですが、同時に鼻から吸い込んだ香りの情報が加えられ、美味しいという感覚が完成されます。
香りの情報で味が変化するということではかき氷のシロップに関する話があります。
様々な種類のあるかき氷のシロップですが実は基本的に同じ味で、イチゴ・レモン・メロンなどの香料と色が付けられているだけだそうです。しかし多くの人はその香りと色でまったく違う味に感じてしまうのです。目隠しをして鼻をつまむと何味のかき氷を食べているのか判別できなくなるという実験結果があります。
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味に関する重要な条件として、記憶によって味の感じ方が違ってくるとも言われています。
子供の頃、幸せだと感じていた時に食べた食物は大人になっても美味しいと感じ、逆に辛い時に食べた食物はトラウマによって体が受け付けなくなることもあるそうです。
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香りは特に記憶と密接に繋がっていると言われ、香りによって記憶が甦ってくることも多く、認知症を患った高齢者が懐かしい香りを嗅ぐことで忘れていた記憶を思い出すという報告があり、治療に取り入れられているそうです。
特定の香りによって過去を思い出すことを心理学用語では「プルースト効果」と名付けられています。これはフランスの作家、マルセル・プルーストの小説『失われた時を求めて』の中で、主人公がマドレーヌを紅茶に浸した瞬間にその香りから少女時代の思い出が蘇ってくる場面が描かれていることから名付けられたものです。
2020年にヒットした瑛人さんの『香水』という曲でも、元カノの付けている香水で昔の事を思い出してしまうと歌われていたのもプルースト効果です。
これを利用して、試験勉強をしている時に特定の香水やお香を焚きながら暗記をして、試験の際にハンカチにつけたその香りを嗅ぐことで記憶を呼び覚ますという方法があるそうです。
それで確実に暗記したものが思い出せるかは不明ですが、味と匂いは単に食のためにあるものではなさそうです。
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記事投稿者
杉村 喜光(知泉)
雑学ライターとして、三省堂『異名・ニックネーム辞典』、ポプラ社『モノのなまえ事典』など著作多数。それ以外に様々な分野で活動。静岡のラジオで10年雑学を語りテレビ出演もあるが、ドラマ『ショムニ』主題歌の作詞なども手がける。現在は『源氏物語』の完訳漫画を手がけている。
2022年6月15日に最新巻『まだまだあった!! アレにもコレにも! モノのなまえ事典/ポプラ社』が発刊。