気づいたら難聴だった…といったことは避けたいものです。喫煙がガンなどの病気の要因となることは知られていますが、新たに喫煙が「聴力低下のリスクを高める要因となることが、日本の国立国際医療センターの大規模調査でわかりました。5月31日から6月6日は禁煙週間。世界各地でタバコと健康に関する正しい知識の普及を目指し、さまざまな取り組みがなされている今、タバコと難聴リスクについて見ていきましょう。
喫煙習慣のある人々は非喫煙者に比べ、高音域の聴力低下リスクが60%高くなるとの報告も
日本の国立国際医療研究センターの研究チームは今年3月、米国科学誌「Nicotine & Tobacco Research」において「現在喫煙している人は、非喫煙者に比べて高音域の聴力が低下するリスクが60%高くなる」とする調査結果を発表しました。調査の対象は、調査開始時点で聴力低下がない20~64歳の日本人労働者5万195人。被験者には喫煙状況を含む2008~2010年の健診結果と喫煙状況データ(現在喫煙している、過去に喫煙、非喫煙者)を提供してもらい、その後年に一度の検診結果を最長8年間にわたり2016年春まで追跡しました。この検診には、聴力検査と健康について生活習慣に関するアンケートへの回答が含まれます。
この調査では5万人を超える被験者の聴力変化を長期間にわたって見続けるコホート研究の形式がとられました。研究者たちは、参加者の喫煙状況、1日に喫煙されたたばこの本数、および禁煙期間と聴力低下との関係を調査しました。 調査では、参加者のうちの約3500人に、高音域の聴力低下が見られ、約1600人については低音域の聴力低下が見られました。こうした聴力低下が見られた参加者について職業上騒音にさらされることで生じた聴力低下を踏まえた分析を行いました。
調査結果では、日々喫煙するたばこの本数が多いほど聴力低下の傾向が見られることが判明しました。また1日21本以上たばこを吸う人では吸わない人に比べて高音域で1.6倍、低音域で1.2倍リスクが高くなるということが分かりました。禁煙のメリットにつながる可能性として、難聴のリスク増加は、禁煙後5年以内に減少することも分かりました。
英国メディカルプレスをはじめとするメディアからの取材に対し「大規模なサンプルサイズと、長期にわたる追跡期間、難聴に関する客観的調査に基づく私たちの研究によって喫煙が独立的な危険因子であることを示す強固な証拠となりえました。」と、同研究をリードした国立国際医療研究センターの上級研究員であるフー・ファンファン博士は述べています。「これらの結果によって、喫煙は難聴の原因につながる要因であり、難聴の発症を予防または遅延させるために喫煙をコントロールすることの必要性についての強力な証拠を示しています。」
喫煙と聞こえの健康に関する影響について
同研究では喫煙と聴力低下との関係が明らかになりました。実際、そこではどのようなことが起きるのでしょうか?喫煙は、さまざまな形で聴覚の健康に影響します。タバコには、ホルムアルデヒド、ヒ素、アンモニア、シアン化水素、ニコチンなど、多くの厄介な化学物質が含まれています。ニコチンは血管を収縮させ、一酸化炭素は体内の酸素が欠乏した状態にさせます。聞こえに関して述べるのであれば、血管の働きや体内の酸素濃度は耳の内耳にあり聞こえを司る有毛細胞の健康を維持するために欠かせないものです。
- ニコチンは、聴神経の神経伝達物質に干渉します。聴神経は、脳にどんな音が聞こているかを届ける役目を担っています。( 脳でその音が何であるかを理解して、はじめて私たちは音や会話を理解しています。)
- ニコチンは、耳鳴り、めまい、目がぐるぐる回るといった原因となることがあります。
- 喫煙は耳管と中耳の内面を刺激します。
- 喫煙は体内の細胞に損傷を与えるため、DNAの損傷によりガンなどの病気を引き起こす可能性のあるフリーラジカル*に変わることがあります。
- 喫煙によって耳の修復力が低下することにより、騒音が引き起こす難聴の発症をより受けやすくなります。
研究が示している通り、喫煙している期間、またタバコの煙にさらされる受動期間が長いほど、聴力低下のリスクが大きくなることが指摘されています。ここに良いお知らせもあります。米国呼吸器学会によれば、最後にたばこを吸ってから約20分後にあなたの血圧は下がり血液循環が改善されます。 そして約8時間以内に体内の一酸化炭素と酸素レベルが正常に戻ります。さらに約48時間後には、嗅覚や味覚が改善され、神経終末の再生が始まります。同学会によると、禁煙いただくことで得られる健康上のメリットは次のとおりです。
- 肺がんや喫煙が原因となる種類のがんのリスクの低減
- 冠状動脈性心疾患、脳卒中、並びに末梢血管疾患のリスクの低減
- 咳、喘鳴、息切れなどの呼吸器に関わる症状の軽減
- 慢性閉塞性肺疾患(COPD)の発症リスクの低下
- 女性の不妊症にかかるリスクの低減
喫煙により難聴リスクが高まりますので、禁煙して、将来のニコチンに関連した聴力低下を防ぐことをお勧めいたします。
禁煙を成功させるには?
喫煙が多くのリスクを抱えていることが改めてわかりました、では禁煙を決心した場合、どうしたらできるだけ早く、ストレスを減らしながら禁煙できるでしょう?
禁煙用のガムを活用いただくことも一案ですが、病院の「禁煙外来」がお勧めできるかもしれません(2022年5月編注:現在、生産上の問題により禁煙補助薬の供給が全国的にストップしています。最新の状況については受診される病院に確認してください)。国立研究開発法人国立がん研究センターの調査結果では、「禁煙外来」を受診して薬物療法(ニコチンを含まない薬の処方)を受けた方では、禁煙の成功確率が約2倍になっています。たばこをあきらめきれない理由はさまざまですが、生活習慣の見直しが有効なこともあります。禁煙外来を通じてご自身に合った方法を医師や専門家に相談しながら決められることが、成功へつながっているのではないでしょうか。
喫煙をされる方またその習慣のない方もこの機会にどうぞ未来の健康について思いを巡らせていただければと思います。そしてどうぞ現在の聞こえを大切にされてください。聞こえについて気になることがあればどうぞ耳鼻科へご相談を、また聞こえのサポートを必要とされている際は、こちらからお近くの補聴器専門店などについてご相談をいただくことも可能です。
*フリーラジカルとは:活性酸素と並んで語られることの多いフリーラジカルは、体内で作られる活性酸素の中でも不安定な分子構造を持つものです。(原子核の周りにある電子は通常2個あると安定した物質になります)。フリーラジカルはなんらかの異常によって対になっていない電子(不対電子)を1つ以上持っており、ほかの分子から電子を奪い取ろうとしこの際に食物の腐敗や体内でのたんぱく質変性やDNAの損傷などを引き起こすとされます。
■参考
- 国立研究開発法人 国立国際医療研究センター 喫煙及び禁煙と聴力低下のリスク 職域多施設共同研究(J-ECOHスタディ)
- Study finds smokers at greater risk of hearing loss / March 14, 2018, Oxford University Press
- 国立研究開発法人 国立がん研究センター
- 米国呼吸器学会(American Lung Association®/Stop Smoking)
- 米国版ヘルシーヒアリングThe dangerous link between smoking and hearing loss/Contributed by Debbie Clason, staff writer, Healthy Hearing November 21, 2017
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記事投稿者
ヘルシーヒアリング編集局
1. ポータルサイト「ヘルシーヒアリング(healthyhearing.jp)」の運営
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記事監修者
高島 雅之先生
『病気の状態や経過について可能な範囲で分かりやすく説明する』ことをモットーにたかしま耳鼻咽喉科で院長を務めている。■詳しいプロフィールを見る■