出産する前から子育てはスタートしている…おなかの中にいる赤ちゃんによい効果を期待して何か行うことは胎教と呼ばれています。かつては迷信めいたものが多かったですが、今は、科学的に物事を考えるようになった現代人向けの胎教が、育児情報メディアなどを通じていろいろ指南されているようです。今回は声や音楽など音を使った胎教、ひいては音が精神にもたらす影響についてのお話です。
昔から妊婦さんがよくない場面に遭遇すると赤ちゃんに影響が出るということが言われており、江戸時代には「妊婦が火事を見ると赤いあざのある赤ちゃんが産まれる」などと言われ、さらに「妊婦は葬式に行ってはいけない」などとささやかれていました。
これは仏教的な「穢れ:けがれ」という思想から始まった迷信ですが、現代風にいうと妊婦にストレスを与えるのはよくないということです。
そのようなことが1950年代から、アメリカを中心に科学的に研究されるようになって胎教という考え方に発展しました。その中で、赤ちゃんはお腹の中にいる時から外部の刺激を受け、ちゃんとその時の事を記憶していると言われるようになっていきます。
そこで言われ始めたのが「お腹の中の赤ちゃんによい音楽を聴かせると、出産が楽になり、穏やかな性格の赤ちゃんが産まれる」というものです。
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その中でよく語られるのが「クラシック音楽を聴かせるとよい」というもので、特にモーツァルトの音楽は川のせせらぎや小鳥のさえずりに似た自然界にある音の強弱やリズム、いわゆる「1/fのゆらぎ」が含まれているので最適だとされています。
しかし実際にはこの研究は現在では否定されている部分もあります。
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1960年頃に語られ始めた音楽による胎教という話は、研究していた医師がクラシック好きだったということもあって、自分が心地良く聞いている音楽を良い音楽としてしまったらしいのです。
さらに当時流行り始めたビートルズなどの音楽を毛嫌いしていたらしく「あのような音楽は胎教にはよくない」と否定してしまいます。
これらの研究に関して現在は、母親が気持ちよく聞く事が出来る音楽ならば精神が安定するので何でも良い、と考える医師も多くなっています。逆にクラシック音楽を学生時代にむりやり聞かされて苦手だと思っている人にはストレスになってしまうので、母親が好きなポップスやロックのほうが好ましいとされています。
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音楽が癒やしになるという発想は紀元前からあったようで、『旧約聖書』では心のバランスを崩したサウル王はどんな医学的治療でも治せず、最終的にダビデが奏でる竪琴で癒されていったと書かれています。他にも古代アラブでは病人に水が流れる音を聞かせて治療するという方法がとられていたことが判っています。
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音楽と医学はその後、分離して別々に発展をしていきますが、音楽と医学が再び繋がりをもって研究されはじめたのは、第二次世界大戦後です。
第二次世界大戦やベトナム戦争で精神的に疲弊した帰還兵を治療するために音楽を用いたことで効果があり、研究が進んでいきました。
このことも妊婦に音楽を聴かせる胎教に結びつく要因となりました。
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胎教のための音楽はあくまでも母親のストレス低減に役立つもので、それが赤ちゃんに影響を与えるかという確実な報告はまだされていません。
赤ちゃんがお腹の中にいる時に外で流れている音楽は微かにしか聞こえていないみたいですが、よく聞こえているのはお母さんの喋り声だそうです。そのため、妊娠中にお母さんが怒り声などを上げることがもっとも良くないとも言われています。
そのようにお母さんの声をお腹の中で聴いていた赤ちゃんですので、産まれた後、もっとも心地良いと感じるのはお母さんの声です。赤ちゃんが最初に覚える音楽はお母さんの声なのです。
お母さんは「自分は音痴なので」と思わず子守唄を歌ってあげてください。それによって赤ちゃんが音痴になることはないそうです。
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記事投稿者
杉村 喜光(知泉)
雑学ライターとして、三省堂『異名・ニックネーム辞典』、ポプラ社『モノのなまえ事典』など著作多数。それ以外に様々な分野で活動。静岡のラジオで10年雑学を語りテレビ出演もあるが、ドラマ『ショムニ』主題歌の作詞なども手がける。現在は『源氏物語』の完訳漫画を手がけている。
2022年6月15日に最新巻『まだまだあった!! アレにもコレにも! モノのなまえ事典/ポプラ社』が発刊。