こちらの特別連載では、3回の連載で公的補聴器購入費用助成制度について最新情報をお伝えしていきます。連載第1回目は、日本と世界各国の公的な補聴器購入費用助成制度について、各国データを比較しながら日本の制度について考えていきます。
2050年までに難聴者は倍増する推計
難聴への取り組みや難聴者への支援は世界的に大きな課題となっています。世界保健機関(WHO)は2021年、World Report on Hearingを発表し1)、その中でどのレベルの難聴であっても42%以上が60歳以上であることを報告し、聞こえの問題に苦しむ人が増加傾向にあり、2050年には4人に1人が難聴になっている可能性があると警告を発しました。日本でも高齢化が進むにつれて、加齢が原因で難聴になる人口が増えています。システマティックレビューでは、加齢性難聴はうつ、認知機能低下、転倒リスクと関係することが報告されており2), 3), 4)、難聴とどう向き合うかは国境を越えた課題となっています。
そこで難聴治療の一環として重要な役割を果たすのが、補聴器です。難聴早期段階での補聴器装用は、難聴者のコミュニケーションを助け、認知機能維持を図るうえでも役立つとの研究報告があります5), 6), 7)。図1にあるように欧州では補聴器所有率(普及率)が高く、難聴自己申告がある方を対象とした定期的な大規模調査である2022年のEuroTrak8)データでは、デンマーク、イギリス、ドイツ、フランスの補聴器所有率が40%を超えていることが報告されています。対して2022年のJapanTrak9)によると、日本は欧州と比べて難聴者率は大きく変わらないにも関わらず、補聴器所有率は15.2%と欧州と大きな開きがあり、また2021年KoreaTrak10)で報告されている韓国の36.6% よりもかなり低い状況です。その要因の一つに挙げられるのが、公的助成の違いです11)。補聴器所有率の高い国の多くは補聴器購入費用の公的助成が日本よりも充実しており、個人負担が無い、もしくは少なくなっています。北欧諸国やイギリスでは早い段階から補聴器の無償化を実現しています。さらに、図1に示すように、欧州各国の補聴器満足度は70%以上と大変高く8)、日本の満足度50%をはるかに上回っています9) 。
図1 各国の補聴器所有率(普及率)と満足度8) -10)
図2で明白になっていますが、各国補聴器所有者のうち助成を受けて補聴器を購入した人の割合を見てみると、日本で助成を受けている難聴者の割合は8%と他国に比べて圧倒的に少ないことがわかります8)-10)。この原因のひとつは、後述するように日本では身体障害者福祉法に規定されている高度〜重度聴覚障害者のみが補聴器購入費用の助成を受ける資格があり、他国のように医師が必要性を認めれば、軽度・中等度難聴であっても助成される制度ではないことが挙げられます。補聴器を使用したくても費用負担が大きいと尻込みすることが推測されます。
図2 各国で100%または一部助成を受けて補聴器を購入した割合
(参考文献8) -10)より算出)
難聴児を対象とした補聴器購入費用助成を成人難聴者よりも手厚くしている国もありますが、ここでは主に成人を対象とした補聴器購入費用助成の公的助成について、いくつかの先進事例を下記に紹介します。表1と2に情報をまとめていますのでこちらもご覧ください。
イギリス12), 13), 14)
イギリスでは軽度難聴以上の人は、公的医療保険であるNHS(National Health Service)から、補聴器を無償で入手できます。アフターケア費用もカバーされており、修理や電池交換も無料。聞こえが気になった人は、まずはかかりつけ医(GP: general practitioner)や耳鼻咽喉科医師の診察を受け、補聴器フィッティングは聴覚に関する教育を受け資格を保持するオーディオロジストが担当します。通常、NHSからは耳かけ型(BTE)補聴器が提供され、難聴者本人が自由に機能やスタイルを選ぶことはできません。例えば、IIC(ほとんど見えない耳あな型補聴器)などを希望する場合は自費で購入することになります。2~5年後にはNHSを通して新しい補聴器を再度無料で入手することが可能となっています。
デンマーク12), 15)
耳鼻咽喉科で軽度難聴以上と診断されれば、公的医療保険を活用し補聴器を無料で入手するか、民間医療保険を使用し補聴器を購入して一部助成を受けるかを選択することが可能です。民間医療保険での補聴器購入費用助成金額は片耳約8万円、両耳の場合は約13万円となり、助成額よりも高額な機種の場合は差額を個人負担することになります。公的・民間医療保険とも電池交換は無料。補聴器入手から4年後には新しい補聴器を受け取れるため、聴力やライフスタイルの変化にあわせた補聴器を手にしやすいと言えるでしょう。
ドイツ12), 16) - 18)
法定健康保険というシステムを介して公的助成がなされています。当事者自治の原則に基づき被用者と雇用主が保険料を負担する「疾病金庫」が保険者となり、企業疾病金庫(BKK)などさまざまな種類があります。補聴器の無償支給ではなく、補聴器の購入費用を保険適用にして資金面を支援しています。耳鼻咽喉科医師から軽度難聴以上と診断された場合、補聴器の処方に健康保険が適用されます。助成額は法的保険の種類や難聴度によって異なりますが、補聴器1台につき約10万円(難聴程度によっては増額)、両耳の場合は約20万円が健康保険でカバーされます。これにより補聴器購入費用の大部分をまかなえるため、難聴者個人が高額な費用を負担する必要はありません。ドイツでは補聴器は「その時の最先端の医療技術に対応しなければならない」とする判例があり、健康保険対応の補聴器が旧式にならないようにするための性能基準が設定されています。ただしBluetooth🄬による無線接続など、より高機能な補聴器を選ぶ場合は差額を自己負担する必要が生じます。補聴器の購入から6年後には新しい補聴器を購入できます。
フランス12), 19)-21)
フランスでは従来、社会保障制度による補聴器購入費用助成がありましたが、助成額は片耳あたりおよそ2万5千円でした。しかしマクロン政権が2021年から補聴器の無償化を実現。現在のフランスでは、軽度難聴以上と診断された人は無償で補聴器を入手できます。補聴器はカテゴリ1とカテゴリ2にクラス分けされており、カテゴリ1の補聴器価格は最大約13万円に設定されています。社会保障制度と健康保険で合計13万円を助成するため、カテゴリ1の補聴器であれば個人負担は発生しません。カテゴリ1には耳かけ型や耳あな型などすべてのタイプが含まれています。カテゴリ2には充電型補聴器などが含まれ補聴器価格に制限を設けておらず、助成額からの差額分を個人負担することになります。カテゴリ1でも2でも補聴器購入後は少なくとも年に2回のアフターフォローを受けられるなど、手厚い支援体制が整備されています。
韓国22) - 26)
聴覚障害者として韓国で認定を受けた場合、国民健康保険制度を通して5年に1回、補聴器購入費用助成を受けることが可能です。2005年には助成額は補聴器1台につき約3万円でしたが、2015年には約13万円に大幅に引き上げています。耳鼻咽喉科医師が発行する補聴器処方箋があれば、聴覚障害者は自身で選んだ補聴器販売店から補聴器を購入できます。採用した補聴器を耳鼻咽喉科医が検査などで確認した後に、販売店に助成額が支払われるシステムです。国民健康保険公団が性能評価をし、適正価格との認定された補聴器の中から、購入したい補聴器を選択できます。ただし聴覚障害者認定を受ける基準は両耳聴力がそれぞれ60dB以上、もしくは片耳が80dB以上でもう片方の耳が40dB以上と、欧州に比べるとやや厳しい水準になっており、成人難聴者では両耳助成も容易に受けられる体制にはなっていません。
日本27)
障害者総合支援法に基づいて補聴器購入費用を助成する補装具費支給制度がありますが、他国に比べると十分な助成内容とは言えません。助成対象は、聴覚障害者と認定され身体障害者手帳を持っている人です。聴覚障害の程度によって高度難聴用、重度難聴用の補聴器が支給されます。原則1割の自己負担があり、所得によって負担額は変わります。また聴覚障害と認定される基準は、平均聴力レベル(4分法)が両耳とも70dB以上、もしくは片耳が90dB以上でもう片方の耳が50dB以上の高度〜重度難聴者のみで、諸外国に比べて厳しい水準で設定されています。このため軽度、中等度の難聴で補聴器を必要としている人は、補装具費支給制度の助成を受けることができないのが実情です。自治体によっては軽度、中等度難聴での補聴器購入費用助成制度を設定している場合もありますが、その数は限られており、国の制度ではないため、日本のどこに住んでも助成が受けられるという体制ではありません。EUでは2021年に発行されたWHOのWorld Report on Hearing1) に基づき、不当な個人負担にならないような軽度難聴からの助成を推奨しています。また、日本では両耳助成についても職業または教育上等必要と認められた場合のみとなっていて、自治体の助成制度でも両耳助成がない場合も多いです。今後は、「障害者」という枠を取り払い聞こえに困難を感じしている人たち全体への支援をいかに手厚くするかは、日本の補聴器普及を高めていく上での課題の一つになっています。
公的医療保険と補聴器購入費用助成 【民間医療保険と補聴器購入費用助成】 |
対象範囲 |
---|---|
イギリス | |
両耳100% | 一般的には軽度難聴以上 (地域により差異あり) |
デンマーク | |
両耳100% 【片耳約8万円、両耳約13万円】 |
軽度難聴以上 |
ドイツ | |
片耳約10万円、両耳約20万円 (注)法定健康保険の種類によって助成額が異なる。 |
軽度難聴以上 語音明瞭度も考慮 |
フランス | |
片耳約13万円、両耳約27万円 (注)社会保障+公的医療保険を使用。クラス1の補聴器を選択すると100%カバーされる。 |
軽度難聴以上 語音明瞭度も考慮 |
韓国 | |
片耳約14万円、両耳約28万円 | 以下3項目のうち一つの基準を満たせば片耳助成 ・両耳平均聴力レベルがそれぞれ60dB以上 ・片耳平均聴力レベルが80dB以上、もう一方の耳の平均聴力レベルが40dB以上 ・両耳の最大語音明瞭度がそれぞれ50%以下 以下5項目すべての基準を満たせば両耳助成 19歳未満、両耳平均聴力レベルがそれぞれ80dB未満、両耳語音明瞭度がそれぞれ50%以上、両耳純音聴力閾値差が15dB以下、両耳語音明瞭度差が20%以下 |
日本 | |
片耳ポケット型: 4万1600~5万5800円 片耳耳かけ型: 4万3900~6万7300円 片耳耳あな型: 8万7000~13万7000円 (注)両耳の場合は片耳の倍額助成。原則助成金額の1割は個人負担。骨導型の算定もあり。 |
両耳平均聴力レベルがそれぞれ70dB以上、もしくは、片耳が90dB以上でもう片方の耳が50dB以上 語音明瞭度も考慮 職業または教育上等特に必要と認められた場合は両耳助成 |
表1 各国の補聴器購入費用助成制度と対象範囲12) -27)
助成制度へのアクセス | 再度助成を受けられるまでの期間 | 補聴器修理費用助成 |
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イギリス | ||
かかりつけ医(GP)・耳鼻咽喉科医師が診察しオーディオロジストへ紹介 | 公的医療保険の場合は2~5年、難聴悪化の場合は早期 | 公的医療保険:有 民間医療保険:保険が掛けられている場合は有 |
デンマーク | ||
聴力検査と紹介で耳鼻咽喉科医師の診察を受けた後、公的または民間医療保険でのケアを選択 | 4年 | 有 |
ドイツ | ||
耳鼻咽喉科医師が補聴器の医療処方箋を発行するが、更新の際は新しい医療処方箋は不必要 | 6年 | 有 |
フランス | ||
かかりつけ医(GP/family doctor)から耳鼻咽喉科医師やオーディオロジストへ紹介 | 4年 | 有 (ケースバイケース) |
韓国 | ||
耳鼻咽喉科医師の診察が必要 | 5年 (補聴器1台) |
無し (注)メーカー保証のみ |
日本 | ||
耳鼻咽喉科医師の診療が必要 | 5年 (補聴器1台) |
有 |
表2 各国補聴器購入費用助成制度へのアクセス、更新期限、補聴器修理費用助成12), 22) -27)
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参考文献・サイト
1) World Health Organization. 2021. World Report on Hearing:https://www.who.int/publications/i/item/9789240020481
2) Jiam NTL, Li C, Agrawal Y. Hearing loss and falls: a systematic review and meta‐analysis. Laryngoscope. 2016; 126(11): 2587–96.
3) Lawrence BJ, Jayakody DMP, Bennett RJ, Eikelboom RH, Gasson N, Friedland PL. Hearing loss and depression in older adults: a systematic review and meta-analysis. Gerontologist. 2020;60(3): e137–e54.
4) Thomson RS, Auduong P, Miller AT, Gurgel RK. Hearing loss as a risk factor for dementia: a systematic review. Laryngoscope Investig Otolaryngol. 2017;2(2):69–79.
5) Ferguson MA, Kitterick PT, Chong LY, Edmondson-Jones M, Barker F, Hoare DJ. Hearing aids for mild to moderate hearing loss in adults. The Cochrane Database Syst Rev. 2017;9(9): Cd012023.
6) Glick HA, Sharma A. Cortical neuroplasticity and cognitive function in early-stage, mild-moderate hearing loss: evidence of neurocognitive benefit from hearing aid use. Front Neurosci. 2020;14:93.
7) Obuchi C., Harashima T., and Shiroma M. Age-related changes in auditory and cognitive abilities in elderly persons with hearing aids fitted at the initial stages of hearing loss.Audiol Res. 2011; 1 (1): e11.
8) EHIMA. EuroTrak UK 2022、EuroTrak Denmark 2022,EuroTrak Germany 2022,EuroTrak France 2022:https://www.ehima.com/surveys/
9) 一般社団法人日本補聴器工業会・公益財団法人テクノ エイド協会 2022 JapanTrak 2022 調査報告: http://www.hochouki.com/files/JAPAN_Trak_2022_report.pdf
10) EHIMA. KoreaTrak 2021: https://www.ehima.com/surveys/
11) 坂本秀樹、安川文朗:日本の補聴器ビジネスに関する一考察-欧米先進国との比較を通して-医療と社会 J Health Care Soc. 2022; 32:405-418.
12) European Federation of Hard of Hearing People. State of provision of hearing aids in Europe 2022 report: https://efhoh.org/hearing-reimbursement-report/
13) NHS “Hearing aids and Implants”: https://www.nhs.uk/conditions/hearing-aids-and-implants/
14) HearingDirect UK: https://www-hearingdirect-com.translate.goog/blogs/blog/nhs-hearing-aids?_x_tr_sl=en&_x_tr_tl=ja&_x_tr_hl=ja&_x_tr_pto=sc
15) borger.dk: https://www.borger.dk/handicap/hjaelp-i-hverdagen/hoereapparat
16) Nospes S. Sozialrechtliche und vertragliche Bedingungen - zur Hörgeräteversorgung(補聴器供給に関する社会 法と契約条件): https://www.unimedizin-mainz.de/fileadmin/kliniken/kommunikation/Dokumente/4_Nospes_SozRVers.pdf
17) Verbraucherzentrale(消費者センター): https://www.verbraucherzentrale.de/wissen/gesundheit-pflege/krankenversicherung/hoergeraete-uebernahme-der-kosten-11470
18) 中村亮一. ドイツの医療保険制度(1):https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=52514?pno=2&site=nli
20) フランス共和国 高齢者とその家族のための全国情報ポータル:https://www.pour-les-personnes-agees.gouv.fr/actualites/des-appareils-auditifs-integralement-pris-en-charge-en-2021
21) 社会厚生女性権利省 からの通知:https://fr.readkong.com/page/avis-et-communications-avis-divers-2026872
22) Byun H., Kim EM., Kim I, Lee SH., Chung JH. The trend in adaptation of hearing aids following changes in provision policy in South Korea. Scientific reports .2022; 12; 13389.
23) 李美貞,寺島彰. 韓国の新しい障害認定制度の概要: https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/2019/192131/201918013A_upload/201918013A0008.pdf
24) 2022年障害登録審査関連法令及び規定集:http://www.mohw.go.kr/react/jb/sjb0406vw.jsp?PAR_MENU_ID=03&MENU_ID=030406&CONT_SEQ=370500&page=1
25) 韓国国民健康保険 健康ニュース: https://www.nhis.or.kr/nhis/healthin/wbhace05000m01.do?mode=view&articleNo=208231
26) 韓国国民健康保険 医療費申請: https://www.nhis.or.kr/nhis/policy/wbhada11900m01.do
27) 厚生労働省 補装具の種目、 購入等に要する費用の額の算定等に関する基準:https://www.mhlw.go.jp/content/001081660.pdf
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記事投稿者
ヘルシーヒアリング編集局
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記事監修者
麻生 伸 先生
みみはなのど・あそうクリニック院長、日本臨床耳鼻咽喉科医会理事(福祉医療担当)、日本聴覚医学会代議員(聴覚言語担当)、富山県耳鼻咽喉科医会・会長、スペシャルオリンピックス・クリニカルディレクター。 ■詳しいプロフィールを見る■