こちらの特別連載では、3回の連載で公的補聴器購入費用助成制度について最新情報をお伝えしています。連載第2回目は、地方自治体で広がる独自の補器購入費用助成制度の最新調査データをもとに、日本国内での助成のあり方について考えていきます。
世界保健機関(WHO)の推奨
WHOは2021年3月3日のWorld Hearing Day(日本では耳の日)にWorld Report on Hearing(難聴に関する世界報告書)1)を発表しました。この報告書の主な目的は聴覚ケアへの公平なアクセスの設置に向けた世界的な活動を促進することで、さまざまなエビデンスを基にこの目的を達成するための介入方法や行動規範を報告しています。WHOは国民のニーズや国のリソースを考慮しながら各国が活動を進めていくことを推奨しています。欧州連合(EU)では、難聴者が補聴器を公平に取得できることを保証するシステムの構築に向けて、調査や活動を早くから始めており、ほとんどのEU諸国では軽度から中等度の難聴者にも不当な経済的負担をかけず補聴器を装用できるような購入費用助成制度が確立されています2)。日本でもさまざまな活動がありますが、連載第1回3)でも触れたように、補聴器購入助成制度に関してはEU諸国との格差がまだある状況です。
難聴が健康状態へ影響を及ぼす
難聴は、ただ聞こえにくいだけと考えていないでしょうか。実は難聴は、健康状態にさまざまな影響を及ぼすことが明らかになっています。特に近年は認知症やフレイル、転倒など、高齢期の健康状態の悪化と、難聴が関わっていることがわかってきました。
2017年4)と2020年5)に、専門家によって構成されるランセット国際委員会が「認知症の予防できる要因の中で、難聴は最も大きな危険因子である」と指摘し、注目を集めました。難聴の程度が進むほど、難聴を治療せずに放置した場合の認知症発症リスクが高くなるという報告もあり6)、早いうちに難聴治療にのぞむ重要性が示唆されています。
さらにWHOは、難聴は社会的孤立を招き、高齢者の健康に重要な影響を与える可能性があることを指摘しています1)。社会的孤立は、高齢期のうつ病などの発症リスクにもなり、家から出ずに閉じここもりがちになると心身が虚弱になるフレイルにも陥りやすくなります。システマティックレビュー7)でも50歳以上で難聴があるとフレイルのリスクは高くなると報告されています。このほかに、難聴が重度になるほど転倒しやすくなるという研究報告もありました8)。
難聴の治療で重要な役割を果たすのが、補聴器です。補聴器が直接的に認知症予防に有効であるかどうかについて様々な研究が実施されています。2018年には、25年間の縦断研究で補聴器の装用により、高齢者の認知機能低下のスピードが軽減されたという報告がありました9)。さらに6ヶ月の補聴器装用による神経認知機能の改善効果も報告され、難聴早期段階での補聴器装用が、難聴者のコミュニケーションを助け、認知機能維持を図るうえでも役立つという研究報告があります10)。日本では7つの大学病院の共同研究にて、60歳以上の難聴者で補聴器を初めて装用する方を対象に、補聴器導入前と後でさまざまな調査研究をした結果、通常は知的機能が低下していく年齢層であるにもかかわらず、6ヶ月の補聴器装用で成人知能検査の得点に向上が見られたという結果を報告しています11)。
難聴による世界全体の経済的損失は毎年9,800億ドル(約130挑円)以上
健康への影響だけではありません。難聴は失職などで経済的損失を生み出すこともWorld Report on Hearing1)で報告されています。WHOは、難聴に対する予防措置や治療、支援をせず難聴を放置することで、世界全体で毎年9,800億ドル(約130挑円)以上の経済的損失があると報告しています1)。経済的損失には医療分野、教育分野、生産性低下、社会的コストが含まれ、以下のように分類されています。
- 医療分野:聴覚障害に対処しないことによってもたらされる小児および成人の医療費(サービス提供、リハビリテーション、補聴機器などの費用は含まない)
- 教育分野:難聴児に教育支援を提供する費用
- 生産性低下:難聴者の失業と早期退職に関連する費用
- 社会的コスト:社会的孤立、コミュニケーション困難などの結果としてかかる費用
2017年のWHOレポート12)によると、15歳以上の難聴者での日本の医療分野における経済的損失は、トップ3の中国、アメリカ、インドに続き、4番目に損失が大きい国と報告されています。さらに成人における難聴と就労の関連もわかってきました。例えばフィンランド北部の縦断研究では、25歳で難聴と診断された方は、同年齢の健聴者に比べて2倍の率で失業したと報告されています12)。また、難聴者が雇用された場合、難聴がない方よりも賃金が低く、早期退職することが多いという調査報告があります14)-15)。
日本でも身体障害者手帳を持つ高度・重度難聴者の約40%がフルタイム雇用なのに対して、健聴者のフルタイム雇用率は約60%と大きな開きがあり、特に高齢期になると難聴者ほど雇用率が下がる傾向にあります16)。では、軽度・中等度難聴者の状況はどうなっているのでしょうか。残念ながら日本の現行制度では、法定雇用義務のある障害者雇用の対象者が、障害者であると公的に証明が可能な障害者手帳保持者に限られているため、軽度・中等度難聴者の雇用の状況把握などは困難です。日本でも適切な時期の補聴器使用によって難聴者の生活の質の向上や社会経済への好影響があると推定されていますので17)、身体障害者手帳を持たない難聴者も含めて、より幅広い人を対象にした難聴による経済損失の調査データの充実が求められています。
地方自治体で広がる独自の補聴器購入費用助成制度
超高齢社会の日本で健康寿命の延伸は重大テーマであり、シニア期の健康を守るために難聴者への幅広い支援が必要なのは明らかです。しかし現在の日本では、補聴器購入に健康保険や介護保険の適用はありません。国から補聴器購入費用の助成を受けられる高齢者は、身体障害者手帳の交付を受けた高度・重度難聴者のみ。軽度・中等度難聴者の場合、補聴器購入は原則として自己負担となります。
先ほど述べたように難聴のある人は働くうえで健常者に比べて不利な状況にあるため、補聴器購入費用の負担感は健聴者よりも重いと予想されます。そこで国からの助成がない軽度・中等度難聴者に対して、地方自治体が国に先駆けて、独自の助成制度を設ける動きが広がっています。
高齢難聴者、成人難聴者に対しては、2021年2月時点の調査では18)、全自治体のうち調査票を回収した940自治体中36自治体(助成実施率3.8%)で購入費用の一部助成や補聴器の現物支給があるとの報告がありました。それではこの2年で地方自治体での補聴器購入費用助成制度の状況はどのように変わったでしょうか?
オーティコン補聴器では2023年5月に、日本の市区町村を対象に、補聴器購入費用助成制度の有無やその概要を、インターネットを介して調査し結果を図1にまとめました。高齢難聴者、成人難聴者に対しては、2023年5月時点で、北方領土6村を除く1,741の自治体中156の自治体で、補聴器購入費用の一部助成、現物支給などでの助成がありました(全国での助成実施率9.0%)。前述した2021年2月時点の調査18)とは単純に比較できませんが、助成制度を導入した自治体数が100以上増加したことになります。
都道府県別でみると新潟県は助成自治体数と助成実施率が全国最多の29(助成実施率96.7%)を記録し、全国で最も取り組みが進んでいて、2023年7月には実施率が100%になることが決定しています。全国でも珍しく30の自治体中23の自治体で助成対象年齢が18歳以上となっていて、まさに切れ目のない支援を実現しています。新潟県では日本耳鼻咽頭科学会新潟県地方部会が2018年から「新潟プロジェクト」として、認知症予防のための補聴器購入費用の一部助成について県内自治体へ働きかけてきました19)。こうした地道な取り組みが高い助成率につながっているものと考えられます。また、助成自治体数で新潟県に続く東京都は助成自治体数が20(助成率32.3%)、23区のうち16区が助成制度を設けていました。さらに、品川区では2023年7月から65歳以上で住民税非課税の方を対象とした中等度難聴以上での補聴器購入費用助成が開始されることが決定しています。
一方でまったく助成のない府県が12ありました。そして、自治体の規模が大きければ充実した助成制度があるかといえば、そうとは限らないことが今回の調査よりわかりました。政令指定都市で助成を導入している自治体は相模原市と新潟市にとどまっています。
地方自治体における補聴器購入費用助成制度の詳細については、こちらをクリックし一覧表をご覧ください。
自治体間で助成額の水準や条件などに格差
補聴器購入費用助成制度がある自治体同士でも、国で統一された制度ではないためその内容については地域差が大きくなっています。図2は片耳助成最高額についてまとめたグラフです。自治体によっては、住民税非課税世帯や生活保護世帯の助成額が課税世帯の2倍になっているところもあります。所得や補聴器の種類などによって助成額に差がある場合は助成最高額を使用し統計を取りました。助成額の中央値は3万円ですが、最高額は137,000円と大きく差がありました。また政令指定都市では他の自治体に比べてやや厳しい助成条件が定められているようでした。
地方自治体HPまたはインターネットで助成額が検索できる150の地方自治体データ
(2023年5月25日現在 オーティコン補聴器による調査)
例えば高齢難聴者に向けた支援では東京都港区は、① 区内在住で60歳以上、② 区が指定する医療機関(補聴器相談医在籍)の医師が、補聴器の装用を必要と認める人、③ 聴覚障害による身体障害者手帳の交付を受けていない人、の3つの条件を満たし、住民税課税ではない方には片耳補聴器本体1台とその付属品の購入費用として、上限137,000円の助成を打ち出しています。
補聴器購入費用を現金で助成する方法のほかに、自治体が補聴器を支給したり、補聴器代金の1割負担で購入できるように支援したりする自治体もあります。例えば東京都新宿区では70歳以上で聴力が低下した人を対象として、利用者負担2,000円で中等度難聴に対応した機種の補聴器を1台支給する仕組みを取っています。
今回の調査結果から、地方自治体による補聴器購入費用助成制度の特徴としては以下が挙げられます。
- 年齢条件が65歳以上で、高齢者を対象とした自治体が多いこと
- 軽度・中等度難聴の方で、聴覚障害による身体障害者手帳の交付を受けていない方を主に対象としていることから、国による補聴器購入費用助成制度を補完していること
- 少数の町村を除いて、ほとんどの自治体は医師意見書や証明書の提出を義務付けていること
- 聴覚ケアの専門家である補聴器相談医、認定補聴器技能者、言語聴覚士、認定補聴器専門店が関わることが必須とされている助成制度は少数であること
- 自治体間で助成金額に格差が見られることと、自治体内で所得によって助成額に格差が見られること
- ほとんどの自治体が1人につき1回限りの助成を打ち出し、再申請を認めている自治体は、5年ごとの周期が多いこと
- 修理、メンテナンス、集音器を助成対象外としている自治体が多く、修理費用もカバーしている欧州諸国との差が見られること
- 補聴器片耳装用であっても両耳装用であっても助成金額が変わらないところが多く、両耳装用だと助成額が片耳の2倍近くになるEU諸国との差がみられること
軽度・中等度難聴児への助成
軽度・中等度の難聴児に対しては成人難聴者とは状況が異なり、地方自治体の努力によってすべての自治体で助成制度が設けられています。ただし支援内容は自治体によって異なり、特殊な補聴器や修理費用などについては多くの自治体で不可となっています20)。
軽度・中等度難聴児への公的支援に関する調査研究を基に、麻生は 21)「各自治体の同世代の人口あたりの助成対象者の人数には全国1位と67位との間で10倍もの開きがあり、各自治体の同世代の住民一人当たりの年間負担額に換算しても5倍以上の開きがあった」と指摘しています。
障害者総合支援法では、高度・重度難聴児の補聴器購入における自己負担割合がおおむね1割であり、特殊な補聴器に対する助成も特例的に認められています。現状では軽度・中等度難聴児の補聴器購入に関しては、EU諸国と比較するといまだに保護者の負担が大きいと言えるでしょう。
切れ目のない支援体制確立が必要
麻生は、「それぞれの地方自治体が軽度・中等度難聴児・者の支援に努力していますが、自治体ごとに支援にかかる負担が大きく異なるため、全国一律の難聴者支援が実現していないと推測される」と述べています。そのうえで「補聴器の購入費用助成は今のところ18歳以下を対象に普及しているが、聞こえに困っている難聴の方々が0歳から高齢者まで終生切れ目のなく支援を受けられるように、国として一体的な支援体制を早期に確立すべき」と投げかけました。
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参考文献・サイト
1) World Health Organization. 2021. World Report on Hearing. https://www.who.int/publications/i/item/world-report-on-hearing
2) EHO European Federation of Hard of Hearing People. State of provision of hearing aids in Europe 2022 report. https://efhoh.org/hearing-reimbursement-report/
3) 麻生伸監修. 日本と世界で広がる補聴器購入費用助成の格差. オーティコン補聴器 ヘルシーヒアリングジャパン. 2023. https://www.healthyhearing.jp/topics/Topic-article-179
4) Livingston G, Sommerlad A, Orgeta V, et al. Dementia prevention, intervention, and care. Lancet. 2017; 390 (10113): 2673-2734.
5) Livingston G, Huntley J, Sommerlad A, et al. Dementia prevention, intervention, and care: 2020 report of the Lancet Commission. Lancet. 2020; 396 (10248): 413-446.
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17) 荒川一郎. 聴覚障害の医療経済―経済分析モデルを用いた企業の立場からの推定. Audiology Japan 64: 485, 2021.
18) PwCコンサルティング合同会社. 厚生労働省令和2年度老人保健健康増進等事業: 自治体における難聴高齢者の社会参加等に向けた適切な補聴器利用とその効果に関する研究事業報告書, 2021. https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/track-record/assets/pdf/r2-s9-hearing-impaired-elderly-people.pdf
19) 大滝一、森田由香、藤﨑俊之、和田匡史、堀井新. 新潟県における成人難聴者への補聴器購入費用助成に関する活動報告. 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会会報 126: 52-3, 2023.
20) 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会社会医療部福祉医療・乳幼児委員会: 令和2年度 軽度・中等度難聴児に対する補聴器購入費用助成制度の地域差に関する調査報告について, 2021. https://www.jibika.or.jp/archive/members/iinkaikara/pdf/fukushi_joseiseido.pdf
21) 麻生伸. 身体障害者に該当しない軽度・中等度難聴への補聴と支援―軽度・中等度難聴児・者に対する社会的支援について―. Audiology Japan 65: 535-542, 2022.
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記事投稿者
ヘルシーヒアリング編集局
1. ポータルサイト「ヘルシーヒアリング(healthyhearing.jp)」の運営
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記事監修者
麻生 伸 先生
みみはなのど・あそうクリニック院長、日本臨床耳鼻咽喉科医会理事(福祉医療担当)、日本聴覚医学会代議員(聴覚言語担当)、富山県耳鼻咽喉科医会・会長、スペシャルオリンピックス・クリニカルディレクター。 ■詳しいプロフィールを見る■