AI(人工知能)の技術が急速に進歩しているなかで、医療や生活支援の分野での変化が起きているのをご存じですか。特に難聴の分野では、AIを活用した診断技術や生活支援ツール、コミュニケーションツールの開発が進んでいます。AIは耳の不自由な人々に対し、生活の質を大幅に向上させる可能性を秘めているのです。この記事では、難聴とAIの融合がもたらす最新の記述や将来の展望について詳しく紹介します。
難聴×AIが必要とされる理由
AIとは、単なるモノとインターネットをつなぐIoTとは異なり、人間と同じような知能をコンピューターに与える高度な技術です。
AIは膨大なデータを分析し、学習することで、難聴の早期発見や個別化された治療法の開発、さらにはコミュニケーション支援ツールの向上に貢献します。
AI技術の発展により患者の生活の質が向上し、医療コストの削減も期待できるでしょう。AIがもたらす革新的な解決策は、難聴に悩む人々や医療従事者、社会全体に大きな利益をもたらす可能性があります。
難聴はうつや認知症につながる危険性がある
厚生労働省の「難聴への対応に関する省内連絡会議(PDF)」の報告によれば、難聴は単に聴覚機能の低下だけでなく、うつや認知症のリスク増加にもつながる可能性があることが指摘されています。
このような背景から、難聴の早期発見と適切な対応が、メンタルヘルスや認知機能の維持にとって極めて重要です。AIを活用した診断技術や補聴援助ツールの開発は、これらの問題に対する効果的なアプローチとして期待されています。
コミュニケーションを改善
難聴は、日常生活におけるコミュニケーションに大きな障壁をもたらします。聴覚障害者・健聴者に対するアンケート調査によると、聴覚障害者は職場で「情報が他の人より遅れて伝わる」や「自分の意見を言うタイミングがつかめない」などの問題をあげています。
AIの活用は、コミュニケーションの問題を改善する可能性があります。リアルタイムの音声認識技術や自動字幕生成システムは、耳の聞こえに不安がある場合でも会議や日常会話をより簡単に理解できるためのサポートが可能です。
会話中の笑い声を可視化できるAI搭載の音声認識アプリも存在し、会話の雰囲気を伝えることでコミュニケーション障害の解消に役立ちます。
またAI搭載の補聴器は、周囲の音環境に応じて最適な音声増幅をおこない、よりクリアに聞こえるようにします。
今後のAI技術の進歩により、難聴者のコミュニケーション能力が向上し、社会参加の機会が増えることが期待されています。
AIを活用した難聴の早期診断
聴力検査は従来、熟練した検査技師の判断に大きく依存していました。しかしAIの導入により、より早期かつ正確な難聴の診断が可能になりつつあります。
AIは大量のデータを分析し、微細な聴力の変化を検出することで、専門家でも見逃す可能性のある初期症状を捉えられます。
ここでは、AIを活用した難聴の早期診断の例についてみていきましょう。
AIを使ったシステムの開発
現在、AIを活用した難聴診断システムの開発が進行中です。特に注目されているのは、乳幼児聴力スクリーニングシステムの開発です。
科学研究費助成事業(KAKENHI)のプロジェクトでは、新生児聴覚スクリーニング検査の結果をAIが解析し、より正確な難聴リスクの評価をおこなうシステムが研究されています。
このシステムにより、乳幼児の音に対する表情の変化や泣き声の変化を通しての聴覚スクリーニング検査をおこない、言語発達に影響をおよぼす可能性がある乳幼児難聴の早期発見を目指しています。
AIによる早期発見により、適切な介入や治療を早期に開始でき、言語発達や学習能力への影響を最小限に抑えることが期待されます。
耳鼻科領域で活用されるAI
難聴などを診断、治療する耳鼻咽喉科領域においても、AIの活用が進んでいます。
例えば、画像診断の分野では、AIを用いた中耳疾患の診断支援システムの開発がおこなわれています。さまざまな中耳炎の鼓膜画像を用いて学習させ、画像診断をおこなうというものです。また急性中耳炎の診療ガイドラインに基づき、鼓膜所見から重症度を分類する研究も進められています。
さらに、聴力検査においてもAIの活用が期待されています。日々の診察で得た聴覚障害患者のデータを集め、聞こえ方のパターンをAIに学習させる技術が進行中です。この技術が発展すると、AIによる聴覚検査で聴覚障害の早期発見や診断、個々の患者に最適な治療法の提案、難聴の進行予測などが可能になると考えられています。
補聴器×AIにおける難聴者へ未来
補聴器技術はAIの導入により大きく進化しています。最新のAI搭載補聴器は、使用者のニーズや周囲の環境に応じた高度な音声処理が可能になりました。
AI技術の補聴器における応用についてみていきましょう。
補聴器を使う人のニーズを学習
最新の補聴器技術として、1,200万の音情景を学習させたAI「補聴器専用DNN」(ディープニューラルネットワーク)を搭載した耳あな型補聴器「オーティコン オウン」と耳かけ型の「オーティコン インテント」があります。このAI技術により、補聴器は使用者の聴覚特性や好みを学習し、音環境の変化に合わせて理想的な聞こえ方の提供が可能です。
さらに、耳かけ型のオーティコン インテントでは、音を詳細に処理しリアルタイムで届けます。AIによる信号処理技術の発展により、音が快適に聞こえるだけでなく、急な音の変化や風の音なども耳障りにならないように処理します。
Googleと人工内耳メーカーとの技術提携
Googleと人工内耳メーカーが技術提携を結び、AIを活用した革新的な補聴デバイスの開発を進めています。AI技術により、補聴器が音源を特定、分類、抽出する精度が大幅に向上しました。
AIによって周囲の雑音をカットする技術の進歩が進んでいます。AIが複雑な音環境を分析し、重要な音声信号の抽出により、ノイズの多い環境下でも明瞭な聴取体験を提供することが可能です。
AIが難聴にもたらす未来
AIの進化は、難聴者のコミュニケーション支援にも革命をもたらしています。
YouTubeなどの動画プラットフォームですでに実用化されている自動字幕生成は、その代表例です。現在、多くのSNSで自動字幕機能が標準搭載され、その精度も年々向上しています。
しかしリアルタイムのコミュニケーション場面でのAI活用には、さらなる可能性があります。ここでは音声認識技術の進化と、それを活用した革新的なコミュニケーション支援ツールについて紹介します。
音声認識技術の進化
音声認識技術の進展により、聴覚に不安がある方々のコミュニケーションが改善されています。意思疎通支援アプリ「YYProbe」はその一例です。このアプリは音声認識技術に優れており、リアルタイムで音声を文字に変換するだけでなく、AIを活用した要約機能も備えています。
一部の自治体では、窓口業務にこうしたシステムを導入し、実証実験をおこなっています。会話内容をリアルタイムでモニターに表示するコミュニケーション支援システムの開発は、耳の聞こえに不安がある人にとって意思疎通の壁を取り払う可能性があるでしょう。
AI技術の進歩により、社会参加を促進することが期待できます。
目の前の会話が「見える化」
最新のAR(拡張現実)技術とAI音声認識を組み合わせた革新的なデバイスも登場しています。例えば、ARメガネ用アプリの「XRAI Glass」は、目の前でおこなわれている会話をリアルタイムで字幕化しメガネのレンズに投影します。
この技術により、難聴者は周囲の音声をテキストとして「見る」ことが可能です。聴覚に障害があっても字幕のように表示されるため、会話を続けられます。開発が始まったばかりのこの技術は、今後の発展が期待されるAI技術の一つです。
まとめ
難聴×AIの技術は急速に進歩しており、難聴者の生活に革命的な変化をもたらしている分野です。難聴の早期診断から日常のコミュニケーション支援まで、AIは幅広い分野で活用されており、その可能性は今後さらに広がることが期待されます。
AIを活用により、難聴の方々のQOL(クオリティ・オブ・ライフ)向上だけでなく、企業にとっても聴覚障害者雇用の促進や働きやすい環境の整備が可能です。さらに、医療・介護の現場における負担軽減にもつながり、社会全体の課題解決にも貢献することでしょう。
今後も技術の進歩と共に、難聴者を取り巻く環境は大きく改善されていくでしょう。AI技術の発展は、効果的な難聴支援を可能にし、誰もが自分らしく生活できる社会の実現に近づくことが期待されます。
-
記事投稿者
森本夏子(もりもとなつこ)
薬剤師・医療ライター・ライティング講師。インド・アフリカなどで医療ボランティアとしても従事。専門知識を活かし、ヘルスケアや医療を分かりやすく解説します。