補聴器は難聴の方にとって大切な機器です。しかし、これまで補聴器を装用したことが無い方の場合、聞こえが悪くなったからといって「補聴器を装用しただけですぐに聞こえが改善する」というものではありません。この記事では、補聴器を装用してリハビリを行うことで、補聴器からの音への順応性が高まり、言葉の聞き取りを向上できることを解説します。補聴器を効果的に使いたい方は参考にしてください。
補聴器の役割
補聴器とは、耳に入ってきた聞こえにくい音を、その人の聞こえに合わせて聞き取れるように調整してくれる医療機器です。加齢性難聴など、回復が見込めない難聴の場合には、補聴器の使用が推奨されることが多くあります。
難聴は他者とのコミュニケーション上の問題や危険察知能力の低下などとの関連が指摘されています。そのため、補聴器などで適切に補うことが大切です。
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補聴器を使用しても言葉が聞こえにくい原因
聞こえの補助に有効な補聴器ですが、装用すれば誰でもすぐに聞こえが改善するわけではありません。補聴器をつけただけでは聞こえが改善しない理由には、次の2つがあります。
内耳や神経のダメージで音がゆがんで聞こえる
1つ目の理由は、内耳や神経のダメージがあると音がゆがんで聞こえるからです。
難聴には、伝音難聴と感音難聴の2種類があります。伝音難聴は外耳や中耳に原因のある難聴で、小さい音が聞こえにくくなりますが、大きな音は聞き取れるのが特徴です。音を大きくすれば聞こえるため、補聴器の効果が出やすいといえます。
一方加齢性難聴を含む感音難聴は、内耳や神経、脳に原因のある難聴です。全体的に音が小さく聞こえ、音に歪みが生じ、不明瞭な音が脳へ到達するのが特徴です。補聴器は個々人の聞こえの検査に基づいて歪みを補正した音を耳に届けることができます。それでも聞こえづらいのには、後述するもう一つの理由、「脳」が関係しています。
言葉を聞き取ってから理解する脳の力が弱っている
人が言葉を聞き取るためには、以下の流れが必要です。
- 音を全体的に聞き取る
- 不要な音を排除する
- 必要な情報を取捨選択する
- 必要な情報だけを聞き取り脳で理解する
音として耳に入ってきた言葉は、雑音や多少のゆがみがあっても、脳が「こう言っているのかな」と推測して理解します。しかし、長期間難聴の状態が続き、言葉の聞き取りがきちんとできていないと、言葉を聞き取って推測して理解する脳の力が弱まります。
また、しばらく音が届いていない状態が続いていたために、通常の音でも非常に大きく聞こえてしまい、うるさく不快に感じてしまうことが多いのです。
音の大きさによる不快感や言葉を推測して聞き取る脳の力は、練習することにより慣れて改善が見込めます。しかし、練習で改善するということを知らない方も多く「この補聴器はだめだ」「つけない方がましだ」となり、補聴器の装用を途中で断念してしまう方が多くいらっしゃいます。
補聴器の使用を断念する事態を避けるために、補聴器を使用する前に以下の点を認識しておくことが望ましいです。
- 補聴器の音への慣れと繰り返しの調整が必要である
- 補聴器を装用すると最初はうるさく感じるが、徐々に慣れる
- 補聴器を装用して言葉を聞き取る練習をすれば、言葉を理解する脳の力が向上する
装用後の状態を伝えることで、着けた状態の違和感に対して心の準備ができ、スムーズに慣れていける可能性が高まります。
補聴器による聴覚リハビリテーションとは
補聴器によって聞こえを改善させるためには、聴覚リハビリテーションが有効です。聴覚リハビリテーションとは、難聴で不自由を感じている方に対して行うリハビリです。補聴器を装用することに慣れて、言葉を聞き取る力を向上させることを目指します。
方法
補聴器を用いた聴覚リハビリテーションは、各医療機関でさまざまな方法が採用されていて、統一されたものではありません。
やり方の一例をご紹介します。日本耳鼻咽喉科頭頚部外科学会のホームページで紹介されている「文章追唱法」です。
文章追唱法は、話し手が文章を読み、聞き手(補聴器をつけている人)が追唱(追いかけるように真似する)し、正しくできるまで繰り返す練習方法です。
詳細な方法は以下をご覧ください。
- 話し手と聞き手(補聴器装用者)が1mの距離で対面して座る
- 教材として、聞き手の興味がある新聞記事、雑誌などの文章を使用
- 読み手が文章を音読
- 聞き手が聞き取れた通りに、順番に追いかけながら繰り返す
- 正確に聞き取れない場合には、再度繰り返す、ゆっくり言うなどのヒントを出し、正答できるまで続ける
- 口の形を見せるかどうか、読み上げの明瞭さ、話す速度、声の大きさなどの、文章を読み上げる条件を変えることで難易度を調整する
難易度の調整方法の例を以下の表に示します。11段階のレベルに分かれており、上から下に進むにしたがって聞き取るのが困難になります。ご本人の聞き取る能力に合わせて、練習の難易度を調整することが大切です。
出典:専門家による補聴器聴覚リハビリテーション 日本耳鼻咽喉科頭頚部外科学会
段階 口形 明瞭度 話速 声の大きさ ノイズ Ⅰ 1 有 はっきり ゆっくり 会話レベル 無 2 普通 普通 Ⅱ 1 無 はっきり ゆっくり 会話レベル 無 2 普通 普通 Ⅲ 1 無 はっきり ゆっくり 会話よりやや小さい 無 2 普通 普通 3 普通 普通 会話よりかなり小さい Ⅳ 1 無 はっきり ゆっくり 会話レベル 話声よりは小さい 2 普通 普通 Ⅴ 1 無 はっきり ゆっくり 会話レベル 話声と同じ大きさ 2 普通 普通
文章を読み上げる際に話し手の口元を見せると、視覚的な情報を助けに判断できるため、聞き取りやすくなります。口形を見せた状態で聞き取れるようになったら、徐々に口形を隠した状態で練習します。
その他、明瞭に、ゆっくり、大きな声で読み上げて聞き取れるようになった方は、通常の会話に近い明瞭さや声の大きさ、速度で読み上げるなどして、徐々に難易度を上げるのがポイントです。最終的には、補聴器が苦手な騒音下での会話を練習します。
補聴器リハビリテーションを成功させるポイント
聴覚リハビリテーションを成功させるためには、次のポイントが有効とされています。
- 補聴器を買う前に、聴覚リハビリテーションが必要であることを医師から事前に説明を受ける
- 補聴器の設定は、違和感を軽減するために最適な大きさよりも小さめから開始する
- できるだけ常に装用する
- 3か月を目安にゆっくり難易度を上げて慣れていく
聞こえない方が「補聴器を買ったらすぐに聞こえるようになる」と認識していると、つけた後のギャップにがっかりして使わなくなる可能性が高まります。補聴器は、「買った後に使い続けて聞き取りの練習をしてこそ、言葉が聞き取れるようになる」との認識を持つことが大切です。
初めてつける際の音の設定は、小さめから開始することが推奨されています。ご本人の聞こえからみた最適な大きさから始めると、騒がしく不快に感じて、装用時間が短くなることにつながります。常につけていられる程度の小さめの設定から開始して、徐々に大きくして慣れていけるとよいでしょう。
練習に慣れたら、ご家族との自主練習も可能です。
補聴器による聴覚リハビリテーションの効果
補聴器による聴覚リハビリテーションでは、言葉を聞き取る能力の向上や、その他の効果の可能性が報告されています。1つずつ見ていきましょう。
言葉を聞き取る能力や注意・ワーキングメモリの向上
聴覚リハビリテーション実施後には、聞き取れる言葉の数が増加したとの報告があります。以下のグラフをご覧ください。
出典:成人・高齢者に対する補聴と支援―文章追唱法を用いた補聴器聴覚リハビリテーションの取り組み 三瀬和代、白馬伸洋 帝京大学医学部附属溝口病院耳鼻咽喉科
左の雑音なしの状況下では、1分間に聞き取れた文節の数が、訓練前は34文節であったのに対して、訓練後には40文節に向上していました。右側の雑音がある状態での聞き取りでも、訓練中に1分間に32文節であった聞き取り能力が、訓練後には37文節に向上していました。
また、訓練前後に行った検査の比較では、注意・ワーキングメモリなど、会話で重要となる能力の改善も示唆されました。言葉の聞き取りにとどまらない、さまざまな効果が期待できます。
生活全般にかかわる効果
その他には、聴覚リハビリテーションを実施することにより、以下の効果が見込めるとの報告があります。
- 補聴器使用に対する満足度の向上
- コミュニケーションの楽しさや意欲、自信の向上
- コミュニケーションスキルの向上
聴覚リハビリテーションを実施した病院のアンケート結果によると、92%の方が補聴器を購入されました。これは補聴器の使用に満足された結果によるものだと判断できます。また、補聴器リハビリテーション実施前後による変化を聞いたアンケート調査では、以下の結果が得られました。
出典:高齢難聴者の健康づくりを支える補聴器聴覚リハビリテーション 三瀬和代、白馬伸洋 帝京大学医学部附属溝口病院耳鼻咽喉科
23名中16名が会話の増加について言及しており、その他、社会参加や性格・心情の変化など、複数の変化が報告されています。また、個人による感想では「集中して聴くことができるようになった」「孫と会話ができるようになった」「雑音が気にならなくなった」等の意見が挙がりました。(出典:成人・高齢者に対する補聴と支援―文章追唱法を用いた補聴器聴覚リハビリテーションの取り組み 三瀬和代、白馬伸洋 帝京大学医学部附属溝口病院耳鼻咽喉科)
補聴器による聴覚リハビリテーションを実施して言葉の聞き取り能力が改善すれば、コミュニケーション全般のさまざまな良い効果が見込めるといえます。コミュニケーションスキルの向上や楽しみの増加、自信の向上など、生活全般への影響も期待できるでしょう。
補聴器に慣れるためには言葉を聞き取る練習が大切
難聴者にとって補聴器は有益な機器ですが、つけただけですぐに言葉の聞き取りが向上するわけではありません。慣れるためには、できるだけ常に装用して、言葉を聞き取る練習を重ねることが大切です。
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記事投稿者
言語聴覚士ライター大井純子
言語聴覚士として病院・訪問でのリハビリに約20年間従事。 「コトバの力で誰かをサポートする」をモットーに、言語聴覚士として働くかたわら、医療記事作成や電子書籍出版サポートなどに取り組んでいる。
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記事監修者
若山 貴久子 先生
1914年から100年以上の実績「若山医院 眼科耳鼻咽喉科」院長。■詳しいプロフィールを見る■