飲食店、スーパーマーケット、そしてショッピングモールなど、多くの店内ではBGMが流れています。食事や買い物している時には、それに意識を向けることはほとんどないことでしょう。BGM=バック・グラウンド・ミュージック、すなわち鑑賞のための音楽ではなく、その場を彩るための背景音楽。そのはじまりは100年余り前のエレベーターにあります。今回はBGMの誕生にまつわるお話とその効果についてのご紹介です。
デパートなどでは常に店内に穏やかな音楽が流れています。いわゆるBGMと呼ばれる音楽ですが、BGMは意外なことに恐怖を紛らわせるために誕生した音楽です。
BGMという音楽が初めて使われたのが1887年のアメリカで、その場所はエレベーターの中でした。当時のエレベーターはまだ信頼度が低く、いつワイヤーが切れて落ちるのかと考えている人も多かったそうです。そこで気を紛らわすためにエレベーターの中で音楽を流すことが考案されたそうです。
しかも、それまでの鑑賞用の音楽と違って盛り上がりもほとんどなく淡々と演奏が続く「平常心を保たせる音楽」という新しいジャンルの音楽として考案されたのです。そのこともあって当初は「エレベーター・ミュージック」と呼ばれていました。
それが1931年に完成したニューヨークのエンパイヤステートビルにも採用され、「エレベーター内にはback ground musicが流れています」という説明によってBGMという言葉が誕生してるのです。
しばらくはエレベーター内だけの音楽として使用されていたのですが、1930年代のアメリカでとある大学が「会社でBGMを流すと社員の欠勤が88%減り、早退する人が53%減った、工場でBGMを流すと女子工員の機嫌が良くなり喋りが減る」との研究を発表したことから、工場などでも音楽を流すようになって使用場所が広がって行ったのです。
しかし後に、その研究をした大学の機関はBGMを流す機械を設置する会社と手を組んでいて、データの内容は大幅に改竄されたものだったと判明しています。
この研究報告は日本にも伝えられ、1931(昭和6年)年8月、東京で丸の内食堂というレストランの元祖のようなお店が開業した時に、店内にレコードを使ったBGMを流す事を始めています。これが「なんか優雅な気分で食事が出来る」と評判になり、他の食堂などでも採用されて広まっていきました。
アメリカの大学での研究報告はすべて嘘ということではなく、音楽によって人の感情がコントロールされるという報告は事実です。たとえばワーグナーの曲は気分を異常に高揚させる効果があるとされており、ヒトラーはBGMとして使い人々を熱狂させることに利用しました。
さらにデパートなどのBGMは意図的にゆったりとした曲を採用することが多く、ヒット曲をインストゥルメンタルで演奏したものでも実際より若干テンポを落としています。これはゆったりしたBGMが流れると左脳の活動が抑えられ、売出し中やお奨め商品の謳い文句に惹かれやすくなる。さらに歩く速さもゆったりとしてデパート内にいる時間が長くなるという研究報告によるものです。この研究が本当のデータなのかはよく判りませんが。
ちなみにお店などが終わる際に流れるBGMを多くの人が「蛍の光」と思っていますが、慌てて店を出ずあのメロディをジックリ聞くと、リズムがちょっと違っていて三拍子になっている場合が多いと気づきます。
実は閉店の時に流れるあの曲は「蛍の光」ではなく「別れのワルツ」という曲です。もともと「蛍の光」はスコットランド民謡なのですが、それがアメリカの映画『哀愁』の中で三拍子に編曲したものとして使われたのがキッカケで、ワルツバージョンの別曲として誕生したのです。
メロディ自体は普段耳慣れている「蛍の光」なのですが、三拍子になっていることから何故か急かされているような気分になって、店を出ることをうながされるという効果があるようです。
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記事投稿者
杉村 喜光(知泉)
雑学ライターとして、三省堂『異名・ニックネーム辞典』、ポプラ社『モノのなまえ事典』など著作多数。それ以外に様々な分野で活動。静岡のラジオで10年雑学を語りテレビ出演もあるが、ドラマ『ショムニ』主題歌の作詞なども手がける。現在は『源氏物語』の完訳漫画を手がけている。
2022年6月15日に最新巻『まだまだあった!! アレにもコレにも! モノのなまえ事典/ポプラ社』が発刊。