残念ながら現時点では、難聴の治療薬はまだありません。ただし、研究はあります。本記事ではアメリカで開発中のFX-322という薬の開発状況についてご紹介いたします。内耳に薬を注射することで難聴を治療しようというものです。繰り返しになりますが、実用化されるのに一体何年かかるかわかりませんから、薬に期待して難聴を放っておくというのはお勧めできません。補聴器はコミュニケーションを改善するのみならず認知症リスク低減という健康上のメリットもありますから、今できる対処として、ぜひ検討したいものです。
鼓膜に直接投与する実験的な難聴治療薬は、医療用医薬品候補化合物(新薬候補、開発パイプライン)の進行に時間を要しており、新薬による難聴治療の難しさを示しています。
このことはまた、あなたに治療していない難聴があれば、当面は補聴器やその他の補聴支援装置が感音難聴の最善の治療法であることも示しています。
FX-322と呼ばれるこの薬は、鼓膜に注射によって投与されます。マサチューセッツ州に拠点を置くFrequency Therapeutics社の研究者たちは、この薬で幹細胞を不動毛、つまり聴覚に重要な役割を果たす蝸牛の有毛細胞にうまく安全に変換できるかどうかを研究しています。研究者たちは、加齢性難聴を含むさまざまなタイプの難聴を対象としたいくつかの進行中の研究を行っています。
これまでの試験結果は期待外れ
しかし、これまでのところ、結果はあまり芳しくありません。いくつかの試験はフェーズ1で研究者たちは主に安全性をテストしており、ごく少数の人々に投薬することからゆっくりと進んでいます。1つの試験はフェーズ2aに進み、薬の安全性と有効性をより深く調査しています。この試験は、期待される結果とはならなかったために、フェーズ2bの試験に進む可能性は低そうです。
一般的に、バイオニュースサイトのEvaluateが報じているように、FX-322の臨床試験結果はほとんど精彩を欠いていました。実際、Bloomberg Lawが2021年夏に報じたところによると、投資家が臨床試験について虚偽の主張をしたとして同社を提訴しています。
まだ治療法がない
試験は、ある種の感音難聴を回復させるための研究に大きく貢献しています。感音難聴は、何らかの聴覚障害を訴える4800万人のアメリカ人の中で、最も一般的な難聴の1つです。なお、日本補聴器工業会のJapanTrack2018調査報告※によると国内の難聴者は推定約1430万人(11.3%)です。
※JapanTrack2018 http://www.hochouki.com/files/JAPAN_Trak_2018_report.pdf
感音難聴は、内耳の有毛細胞や、耳と脳をつなぐ聴神経の損傷によって引き起こされます。損傷の原因は、遺伝的疾患、加齢、過度な騒音の1回もしくは長期間の曝露によるものです。耳の仕組みと聴覚システムについて詳しくはこちらをご覧ください。
現在、感音難聴の対処には、補聴器や人工内耳が用いられていますが、これらは、残された聴力に働きかけて音を増幅させるものです。現在のデジタル補聴器は、数年前に比べてより効果的になっていますが、聴力を正常な状態に戻すことはできません。
騒音性難聴に最適な薬はありません。突発性難聴の場合は、ステロイド治療が広く行われています。
難聴の治療を遅らせない
この研究の研究者たちは、これらの薬剤が最終的には中耳に注入されることを想定しています。新しい薬物療法は、有効性と安全性を徹底的に検証し、FDA(米国食品医薬品局)の承認を得る必要があり、それには何年もかかる可能性があります。
だからこそ、今すぐ難聴を診断して治療することがどれほど重要かについて強調しすぎるということはありません。補聴器の装用は、コミュニケーション能力を高めるだけでなく、認知症の発症を遅らせるなど、健康面でもメリットがあります。
聞こえにくさや耳の違和感をおぼえたら、放置せずに早めに耳鼻咽喉科の病院やクリニックを受診するようおすすめします。もし難聴があり補聴器を検討される場合は、補聴器についてのご質問いただくことや、お近くの補聴器専門店をご紹介することも可能です。
■本記事について
本記事は米国Healthy Hearingにて掲載された記事を、一般的な情報提供を目的として意訳、また日本国内の事情に沿うように加筆再編成したものです。本記事のコピーライトはhealthyhearing.com及びheatlhyhearing.jpに帰属します。本記事内に掲載された名称は、それぞれ各社の商標または登録商標です。また、出典や参照元の情報に関する著作権は、healthy hearingが指定する執筆者または提供者に帰属します
■英語版記事はこちらから
米国「HealthyHearing」2021年10月4日の記事「Experimental hearing loss drug moving slowly through trial pipeline」(Joy Victory寄稿)
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記事投稿者
ヘルシーヒアリング編集局
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記事監修者
白石 君男先生
九州大学 名誉教授、福岡大学医学部 客員教授、一般財団法人曽田豊二記念財団 代表理事、医療法人永聖会 松田病院 言語聴覚士。■詳しいプロフィールを見る■