今この記事をご覧いただいているご自身、またご家族の方は、耳鼻科医で難聴ということが判明し、補聴器の装用を勧められ、そして補聴器は本当に大きな効果を生むのだろうかと考えているところではないでしょうか?その疑問には「はい」とお答えできます。補聴器は、会話などがよりよく聞けることを助けることができるだけでなく、結果的に抑うつのリスク低減、転倒リスク低減といった、長生きという観点からも日常を支える一助となりうるのです。補聴器がどのように長生きに貢献できるのか見ていきましょう。
1. 補聴器は、歩行時などのバランスの向上を助けます
私たちの耳は音を集めますが、音や声それぞれが持つ意味の認知には脳の働きが大きくかかわっています。補聴器を装用することで、以前より聞き取りやすくなります。このことにより、歩行や身体のバランス感覚を保つといった、他の問題に対処するために脳の認知資源が解放されます。通常私たちは、幼児の頃から歩いていますが、歩くたびにどうやってバランスをとるかなどと考えることすらなく、歩みを進めていきます。しかしながら難聴は、このバランスをとるという重要な機能に集中する脳の機能に影響を与える可能性があるということにはお気づきでしたでしょうか?
ジョンズ・ホプキンズ大学准教授のフランク・リン博士(耳鼻咽喉科-頸椎部外科 Frank Lin、M.D.、Ph.D.)は、次のように言っています。「歩行とバランスについて、ほとんどの人々がそれらは当たり前のことと考えていることですが、実際には、脳に対しては非常に認知的努力が必要です。」と、「難聴によって認知的な負荷が強いられる場合、バランスと歩行の維持に割くことができる脳の認知資源が少なくなる可能性があります。」*1
全米高齢者問題協議会(NCOA: National Council on Aging)によれば、転倒のリスクは高齢の米国人にとって死に至るもの、また怪我のもっとも主たる原因となっています。フランク・リン博士と彼の同僚である、老化に関する国立研究所のルイージ・フェルッチ博士によって行われた研究において、軽度の難聴でさえ転倒する可能性がほぼ3倍高いということがわかりました。 リン博士は、これは 1)よく聞こえていない人は自分の周囲の状況を意識にくく、 2)周囲の状況に耳を傾けようとすると脳の認知資源に対して過負荷な状態になってしまうということで説明できるかもしれないと述べています。
2. 補聴器は、緊急時に反応を早くすることに役立ちます
補聴器の装用は、緊急時により良く周囲の状況を把握することを助けます。これはいざというときに、迅速に決断し反応するために必要な情報を得られるということを示しています。緊急車両や消防車のサイレンから家庭用の火災報知器まで、私たちの日常には何かを警告するためのさまざまな音があります。このような急を告げる信号を聞く能力を持ち続けることは、時には生と死を分けることにつながることを意味します。しかし、難聴者はしばしば、高い周波数帯域の聞こえに問題を有している場合があります。
米国国立聴覚・コミュニケーション障害研究所(NIDCD: National Institutes on Deafness and Other Communication Disorders)によると、20歳から69歳までの24%の成人が、高い周波数帯の音が聞こえにくくなる騒音性難聴(NIHL: Noise-Induced Hearing Loss)を抱えているとされています。日本補聴器工業会が主体となって2018年に調査した難聴や補聴器に関する大規模調査であるJapan Trak 2018の報告では、日本国内では、18歳以上の13.2%に当たる人々が騒音性を含む何らかの難聴を抱えているとしています。*2
※特に緊急時において、聞こえの問題がある場合は情報弱者になりがちです。補聴器装用の有無を問わず、緊急時に向けた備えに加えて、ご家庭の火災報知器やラジオなどの音がきちんと機能するかどうかどうぞ定期的に確認ください。火災報知器には視覚的な補助を取り入れたものもあります、お住いの自治体などへご相談ください。
3. 補聴器は、抑うつのリスクを減少させます
補聴器の装用は、孤独や悲しみといった感情が沸き上がるリスクを減らすことができます。特に高度の難聴を抱える高齢者の間では、うつ病や抑うつ状態を発症するリスクは健聴者より高いとされています。
全米高齢者問題協議会(NCOA)が50歳以上の成人2,300人を対象として行った調査では、難聴に対して適切な対処を行っていない回答者の30%が抑うつの感情があると報告しています。これに対して、補聴器装用者では22%と報告されています。
米国国立聴覚・コミュニケーション障害研究所(NIDCD)が実施した別の調査では、健聴者のうつ病の発症リスクが5%であるのに対し、難聴を抱えた人々ではうつ病の発症リスクが11%以上であると報告しています。
4. 補聴器は、社会的な疎外感を減らします
一般に、補聴器は会話の聞き取りを改善します。補聴器の装用は、友人や家族とのコミュニケーションを助けます。会話の輪に加わり続けることはもちろん、補聴器によってより良い聞こえを取り戻すことで、一度は距離を置きがちだった習い事などへ再び参加するといったことを可能にします。前述の全米高齢者問題協議会(NCOA)の調査結果では、難聴について何ら処置をしていない人が定期的に社会活動に参加している割合が32%に対し、補聴器を使用しているユーザーの42%が参加していることが分かっています。
社会的な孤立や孤独といった問題は、健康寿命を短くしてしまうこと、また医療費や社会保障費の増大にも関連しており、社会的にも重要な問題です。
5. 補聴器は、認知機能が低下するリスクを少なくします
補聴器の装用が、アルツハイマー病や認知症の発症リスクの軽減につながる可能性について報告されています。*3 軽度から中等度の難聴を放置しておくと、認知機能が低下し、アルツハイマー病の初期段階になるかもしれません。難聴に適切に対処していくことは、初期段階の認知症の人が、家族や他の介護者と十分にコミュニケーションをとることに役立ちます。
国際アルツハイマー協会が2018年に行った報告では、世界では5,000万人に迫る人々が認知症の問題を抱えているとされています。認知症に関する国際的な権威ある専門家メンバーによって構成された、認知症予防、介入およびケアに関するランセット委員会(Lancet Commissions on Dementia Prevention, Intervention and Care: 以下、ランセット委員会)では、同じく2018年、認知症の発症につながる年齢に関連した9つのリスク要因を挙げるとともに、認知症症例についてその3件に1件が、年齢に応じたリスク要因を排除することで発症を遅延または予防する可能性があると表明しています。
ランセット委員会の報告(英語)による年齢に関連した9つのリスク要因は、以下の通りです
- 最大11歳から12歳までの幼児期の教育レベル
- 45~65歳:高血圧、肥満及び難聴
- 65歳以上:喫煙、うつ症状、運動不足、社会的孤立、糖尿病
このうち中高年齢層(45~65歳)において、認知症を予防するための重要な要素となり得るとして難聴への早期の適切な対処が挙げられています。
どうぞためらわないで!
もし現在聞こえに問題があると感じているならば、今の耳や聞こえの状態について理解するためにもできるだけ早い機会に耳鼻科医に相談して聴力検査を受けてください。もし難聴があり、補聴器の装用を勧められたら、どうぞ先延ばしすることなく早めの補聴器装用をご検討ください。補聴器によって生活の質(QOL)を高めることにつながるだけでなく、より長くご自身の人生を謳歌いただけると思います。
■参考文献・サイト
*1 Hearing Loss Linked to Three-Fold Risk of Falling - 02/27/2012(英文サイトへのリンク)
*2 JapanTrak 2018 調査報告/一般社団法人 日本補聴器工業会
*3 オーティコン補聴器/聞こえの問題は人生のあらゆる局面に影響を与え、そして聞こえのケアがもたらすより良い聞こえは、生活を一層充実したものへと変えていきます 2020年3月
■本記事について
本記事は米国Healthy Hearingにて掲載された記事を、一般的な情報提供を目的として意訳、また日本国内の事情に沿うように加筆再編成したものです。本記事のコピーライトはhealthyhearing.com及びheatlhyhearing.jpに帰属します。本記事内に掲載された名称は、それぞれ各社の商標または登録商標です。また、出典や参照元の情報に関する著作権は、healthy hearingが指定する執筆者または提供者に帰属します。
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記事投稿者
ヘルシーヒアリング編集局
1. ポータルサイト「ヘルシーヒアリング(healthyhearing.jp)」の運営
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記事監修者
白石 君男先生
九州大学 名誉教授、福岡大学医学部 客員教授、一般財団法人曽田豊二記念財団 代表理事、医療法人永聖会 松田病院 言語聴覚士。■詳しいプロフィールを見る■